健康・美容・ビジネス思いのまま日記
健康情報、美容情報、アフィリエイト、ビジネス情報など思いのままを日記にしました。
プロフィール

遠山快空

Author:遠山快空
1952年生まれの辰年、「社名 社長占い」サティソフト」「コーチング夢幸房」などのサイトを運営中です。インターネットは様々な可能性を持っているので、これからもアイデアをどんどん出して挑戦していくつもりです。

情報を発信することは、情報を受けることと同じくらいに大切なことと想います。小さな交流でもそれがいつか大きな交流につながると思っています。
だから小さな交流を大切にしようと思います。

そんな情報を集めていると、すごいものにぶち当たりました。
2011年の10月に日本に始めて入ってきたインターネットビジネスのトークフュージョンというのがあります。なんといっても3分で収入が入るという、インスタントペイのシステムを持っているのです。「え!今までにないビジネス」
「しかも、まだ日本に入ってきて間がない!」
これはチャンスですよ! そう思った方は以下のURLをクリック。ここでトークフュージョンのいろいろなことがわかります。
ここで、登録もできますよ。今がチャンス!

http://www.yo-in.net/future/future.html


現在四つのサイトを運営中

★「天使の占い」http://www.yo-in.com/
★「コーチング夢幸房」http://www.kakei-shi.net/
★「社名 社長占い」http://www.syamei.net/
★SEO対策とセミナーの「サティソフト」http://www.satieweb.net/

趣味は無趣味というのは、どうかと思うので学生時代は剣道。
水泳は平泳ぎしかできません。
社会に出てからは、射撃に懲りました。エアーピストルの選手でもありました。僕の先生は、富山国体で優勝した方です。
2011年の11月末にタイのプーケットに行って、実際にピストルを撃ってきました。
やっぱり本物は緊張しました。でも、射撃場の人にリップサービスかも知れませんが、プロ級と褒められたのが単純に嬉しかった。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

格言ーいっぱんに思いつきというものは、人が精を出して仕事をしているときに限って現れる。
格言ーいっぱんに思いつきというものは、人が精を出して仕事をしているときに限って現れる。
----ウェーバー(ドイツの社会学者)---

思いつきというのは何だ?ただふと思っただけのことなのだろうか?このふと思ったと言うことに重大な何かがあるような気がする。これを気に留める人と、これを無視する人ではその後の人生に大きな開きが出てくるはずだ。意外に発明や成功の物語なんていうのは、そういう人の何でもない言葉に引っかかったり、そこからヒントを得て発展するということが多いのだ。

チャンスというものは平等だと思う。それは、チャンスを発見できるかどうかという違いによるだけだ。たしかバイブルには「神は善人にも悪人にも平等に恵みの雨を降らせる」と書いてあったような気がする。チャンスを見分ける方法はあるかというと、それはあるといえるが、ただそれが自分にとってチャンスかどうかというのは、自分の中に住む心の声が決める問題だ。人によってはそれが悪魔の声であったり、神の声であったりする違いがあるだけだ。

「努力を積み重ねた者にだけ、偶然という神がほほえむ。」というのがある。僕の最も好きな言葉だ。単なる努力ではダメなのだ。その努力が、偶然というチャンスを見逃さないアンテナを張っていなければならないということだ。それが出来なければ、折角の「神の微笑み」も見失ってしまう。全く人間というものは面白いもので、自分を見ているようで実は自分を見ていないのである。理想に燃えているようで実はそれが自分の目的ではなかったりする。その時はそうなのかも知れないが、後から振り返ると、いろいろなことが意味を持って出てくるのだ。そんな不思議なことが人生なのかも知れない。

自分で一生懸命生きているようで実は「生かされている人間」ということがある。思いつきもそうだ。「思いつく」というのは、「思いつかされている」ということが本当なのだと思う。だから、「思いつき」は自分にとって何かのミッションの暗示なのだろう!それがその時に必要なものなのか?それとも今は準備なのかは、誰も分からない。ただ、「思いつかされている」ことへの敬意は必要だ。「思いつき」に対する精力的な努力は、新たなる「思いつき」を生む。そうしていると何かが生まれる。

占い一言居士:
改名するというのは、実は自分の先祖的な背景を変えてしまうというものだ。それくらい重要なことと考えていい。だからいい加減な改名をすると、先祖が混乱してしまう。それよりも怖いのは、かえって悪い先祖が出てきたりする可能性がある。改名することで自分の強力な味方を増やすことができる。

赤ちゃんの命名・改名・相性占い・姓名判断はメール鑑定の「天使の占い」
スポンサーサイト

テーマ:日記 - ジャンル:日記

格言ー今日存ずるとも明日もと思ふことなかれ。死の至てちかくあやふきこと脚下にあり。
格言ー今日存ずるとも明日もと思ふことなかれ。死の至てちかくあやふきこと脚下にあり。
---懐奘(えじょう)禅師(永平寺第二世)---

人の生き死にというのは重たい問題だ。それをあまり重たく考えない時代になってしまった。思春期の子供達に自殺が多い。疑問に思うことは、何故家族は察知できなかったのか?何故子供は家族に話すことはしなかったのか?複雑な事情が存在するかも知れないが、今の世の中多くの家庭でそれだけ家族の中での交流が希薄になってしまっているのではないかと考えざるを得ない。

仏教では諸行無常を説く。それは、川の流れのように一カ所にとどまることなく常に変化流転をしていることを意味する。それが自然の法則ならば、人生も同じようにとどまることはない。今日は今日で、明日とは全く違うのだ。今日の自分と明日の自分は本来は違うのだ。実は人間が連続性を維持しているように錯覚しているだけのことかも知れない。人の肉体は別として、精神は連続性ではないと思える。だから人間には飛躍ができるのだ。

そういう難しい話は、子供には分からないだろうと思いながらも、子供と一時会話のチャンスがある。台所がその場所だ。台所というのは、実に素晴らしいところで、我が家も家を建てるときに台所だけは大きくと考えたのだが、予算の都合上結局は狭くなってしまった。そんな狭い台所での会話は、親子の手頃な会話を弾ませてくれる。そんな時に諸行無常の話も出たりする。あるとき、冷蔵庫にチョコレートを入れていたはずなのに、それがない。「犯人はあいつだ!」と思い問い詰めると、諸行は無常なり!と言われてしまった。

無常というのは、常に発展していると言うことだ。それが、悪い意味でとらえられて、まるで後退するような意味で使われるのは本当ではない。無常というのは今の状態から次への状態へと変化発展している姿を言うのであるから、今日から明日へは全く自分が違っているはずなのだ。それが違っていない今の状態がそのまま続くと思うところが、思い込みなのだ。違う自分が明日には誕生する。そう考えれば楽しいではないか!人の生き死にをちゃんと教えることができる教育をして欲しいものだ。

占い一言居士:
命名するときは、男の子は男のらしく、女の子は女の子らしく、そして家族との交流を考える。最近は女性も社会進出が激しいから、女の子でもちゃんと仕事運を考えて、バランスをとるようにしなければならない。すると男の子は、そういう女の子とは違った意味で、男の子らしく頑張れるようなバランスにしなければならないから、そういう相対的な関係をちゃんとつくることが大変だ。

赤ちゃんの命名・改名・相性占い・姓名判断はメール鑑定の「天使の占い」

テーマ:日記 - ジャンル:日記

格言ー結局さ、近くにいたのが私だったから、私と付き合っただけみたい。
格言ー結局さ、近くにいたのが私だったから、私と付き合っただけみたい。
---伊坂幸太郎(作家)---

結婚というのはなかなか興味深いものがある。大体男と女がどうやって結婚するかというと、意外と単純なことが多いのだ。世界に男半分、女半分というけれど、その全ての中から選択をしたというわけではなかろうに、どういうわけか付き合った人やお見合いした人と結婚することになった。まあ、縁だろうね!そういうしか仕方がないのだ。

縁というのは良くしたもので、人間の説明のつかないものは皆縁のせいにしてしまえばいいのだ。「これも何かの縁ですな!」などといってはしたり顔をするおっちゃんの多いことか!たまたまだろうが!などと言おうものなら、すごい反撃がおこるのは目に見えている。だから縁ということで皆納得顔をする。本当はそんなことはないのにと思う。不公平ではないか?できらば人類の半分と何かしらコンタクトをとって、この人が良いなんて決めることができたらいいのになと思うのは、僕だけか?

今はインターネットもあるし、あらゆる通信交通手段も発達してきている。だから、その気になりさえすれば、いろいろな人と交流することは可能だろう!じゃあ、何故国際結婚が増えないのか?または人はどうして故郷に帰って田舎の人と結婚しようなどと考えるのか?問題は、心の交流まで入り込めるかどうかと言うことなのだろう!離婚が増えるケースは、相手を理解して、自分を理解してもらうという心の世界がなおざりにされているからなのだろう!

不思議だけど人の出会いというのは、心の共有をどのくらいできているかによるのではないだろうか?そういうものがなくて、だからお互いの心を支える環境や内容が整っていなくて、結婚しても当人達の正体がばれはじめると悩むだけなのだ。最近の人は結婚って何かと言うことを忘れてしまっているようだ。何のために結納なんてするのかということだ。世界は「売買婚」なんて言うものがほとんどだそうだ。日本の結納はそういうものではなくて相手に対する感謝という意味合いが歴史的に強い。どちらにしても、結婚とは、「所有し所有される関係」というのが基本だ。それを忘れている。

占い一言居士:
結婚する前には、納吉(のうきつ)の儀というのがあるらしい。「結婚を占ったところ吉と出たことを男家から女家へ知らせる」結婚はめでたいものだから、ちゃんと吉ですよと言うことを相手に知らせなければならないのだ。賢い人は、ちゃんと結婚する前に、相手との相性を見て対策をちゃんと立ててくる。離婚でもなんて考えるようになってからでは、もう遅いのだ。

赤ちゃんの命名・改名・相性占い・姓名判断はメール鑑定の「天使の占い」

テーマ:日記 - ジャンル:日記

格言ーつらつら監みるに、銭湯ほどちか道の教諭なるはなし。
格言ーつらつら監みるに、銭湯ほどちか道の教諭なるはなし。
---式亭三馬(草双紙・滑稽本の作者)---

町の銭湯がどんどん消えている。そして郊外にスーパー銭湯が出現している。最近では、流行の岩盤浴なるスーパー銭湯も出てきた。家庭に内風呂ができて、町の銭湯に行く必要性が消えて、その代わりに娯楽性の高いスーパー銭湯が現れた。人々の生活スタイルがどんどん変わりはじめている。長い歴史をかけて街作りをしてきた封建時代の骨格が変わりはじめている。いいのか悪いのかは分からない。

封建社会が良いの悪いのという議論をするつもりはないが、街作りに中心がしっかりとあった。それが城の場合もあるし大きな寺院の場合もある。参勤交代が造りだした宿場町というのもある。街の名前には、それぞれいわれがある。金沢の尾張町は、前田公が自分の出身である尾張から商人を連れてきて住まわした街だそうだ。人に人生があるように街そのものにも歴史性がある。それが個性を生み出しているように、違いがあって良いはずだ。銭湯はそういう中で、庶民の生活の中心であった。

中心が分からなくなってきていることが、大きな問題なのだ。郊外店が増えて大手スーパーマーケットや飲食店が乱立している。人の心の流れが、街作りに反映していると見てよい。車社会になって行動範囲が拡大した。インターネットは人々の情報生活の革命をもたらした。人々の意識が分散してしまっている。目が届かない隠れるところが増えてしまった。そういうところが犯罪の温床になる。コマでも中心軸がぶれるとすぐにその回転が止まってしまう。今街作りの中心が見えなくなってしまった。それは人々の生活が見えていないからに相違ない。

銭湯というのは、想い出がある。小さいとき母親に銭湯に連れて行かれるのだが、その道すがら看板の漢字を読まされたものだ。机の上で勉強しないものだから、母親なりの苦肉の勉強対策であった。読めないと立ち止まっていつまでたっても銭湯に着かないから、終いには銭湯が嫌いになってしまった。そういう生活の中心が人々の心をつないでいた。それが家庭の中にもなくなってしまった。子供社会の自殺やいじめも生活の中心という心の寄り代を失った悩める社会の姿を反映したものに違いないと僕は思う。

占い一言居士:
相性占いは、悩ましいのだ。どういうことかというと、相性を見てもどうにもならないことがあるからだ。もちろん、相性を見てどういうつき合い方をしてよいかという計画は立つ。しかし中には、因縁めいた相性だってあるのだ。昔結婚に失敗した彼女と全く同じ運命式の女性と出会ってしまう。実は運命式が運命式を呼び寄せてしまうというミステリーだってあるのだ。そんな時は驚かれてしまっても良いから現実をちゃんと説明することにしている。

赤ちゃんの命名・改名・相性占い・姓名判断はメール鑑定の「天使の占い」

テーマ:日記 - ジャンル:日記

格言ー自分の運をよくする人は、ほとんどの場合、腰が低い。
格言ー自分の運をよくする人は、ほとんどの場合、腰が低い。
---櫻井秀勲(評論家)---

どんな人にも、どんな状況でも、どんな立場でも、ちゃんと相手に取り入ることのできる人は「いいな!」と誰しも思う!まあ、歴史上の人物ならば「秀吉」くらいなのかとも思う!そこまで行かなくても、何とか人に取り入って自分の立場をよくしたいと思うのは、当然の人情だろう!でも誰でもそういうことができるかというとそうではないのだ。

信長に秀吉のようになれと言うのは端から無理な問題だ。反対に秀吉に信長のようになれと言うのも無理な話だ。人には持って生まれた位置というものがある。それに気づかないと、自分という人間を見失ってしまう。自分が偉い人間だと勘違いしている人をたまに見受ける。そういう人は、分不相応なことをしてみたり、虚栄をはってみたり、人をバカにしてみたり、変に卑屈になってみたりなど、とかく問題を起こしやすいのだ。それに気がついていないことが実は悲喜劇でもある。

今川義元の跡を継いだ今川氏真は数奇な運命をたどっている。父親の義元が桶狭間の戦いで信長に敗死してからは、三河・遠江・駿河三国を経営するようになった。しかし、義元の京を目指す無理な戦略は、配下の武将達に相当な無理を強いていたために、義元亡き後はそういう問題が一挙に噴出した。氏真には武将としての資質よりも文化人としての資質の方が高かった。結局氏真は領国を失い、流転の人生を送ることになる。最後は徳川氏の旗本に列することになったのだが、氏真は和歌や蹴鞠の達人であったという。

今川氏真のように、武将の家に生まれながら、義元の影響か?公家文化の中で育ったために武将の資質よりも文化人としての資質が芽生えてしまったのだろう!武人としての生き方は、武人としての教育と本人の資質の共同作業によって生まれるものだろう!それが自分の中に武人としての位置にありながら、文化人としての資質が大きくなってしまったら、それは辛いものであったに違いない。自分の内面的な資質にあった位置をどうやって確保するかということが、自分らしさを表現するということになる。結局運というのはそういう自分の世界とのつながりになるのではあるまいか?

占い一言居士:
戸籍がひとつの自分を現すIDであるならば、それは法律上の問題にすぎない。法的な識別は国の管理の問題なのだ。だからこそ自分という人間の価値を発揮するという、自分らしさを見つけるのに改名は新しい価値を提供することになる。改名は戸籍にこだわらず自分の意識と周囲の環境の問題でもあるのだ。

赤ちゃんの命名・改名・相性占い・姓名判断はメール鑑定の「天使の占い」

テーマ:日記 - ジャンル:日記

格言ーやれば、思わぬ条件が湧いて出て行動を有利にすることがあるのだ。
格言ーやれば、思わぬ条件が湧いて出て行動を有利にすることがあるのだ。
---司馬遼太郎(作家)---

マタイ伝7/8に「すべて求める者は得、捜す者は見いだし、門をたたく者はあけてもらえるからである。」と書いてある。これは反対に解釈すれば、求めないものは得ることができないし、捜さないものは見つけることはできないし、門をたたかないものは開けてもらうことができない。ということになる。何事も行動あるところに結果がついてくるということをいっているのだ。

だからといってむやみやたらに行動を起こせばいいのかというとそういうことではないらしい。7/7には「求めよ、そうすれば、・・・」とある。だから、求めることが重要なのだ。何を求めるのか?目的がはっきりしていることが必要だ。その目的を求めるという意志の強さが問題になる。その意志の強さが行動に駆り立てることになる。だから行動に移れないというのは、目的が不明確なのか、それとも、意志が弱いのかと言うことになる。もう一つ忘れてならないのは、誰に求めるのかと言うことだ。意外とそれが分かっていないことが多い。

人間の悩みというのはどこから来るかというと、簡単なことが多いのだ。もちろん深い悩みを哲学的に考える人もいるだろうが、多くは単純だ。「隣の芝生は青い」からといっては、自分の庭を見て嘆息する。「比較」という漢字は情緒や嫉妬、やる気など様々な文化をもたらした。とかく人生を誤る人の多くは、この比較という漢字の利用の仕方を間違っていると思う。比較してはいけないところで比較し、比較した方がいいところでは比較を忘れている。だから第三者が悩みを聞くと何でそんなことをと不思議に思うことが多い。

行動をするというのは、様々な効果を生み出すことが分かっている。でも何故行動に移れないのかと言うことがよくテーマになる。問題は「悩み」なのだ。行動を起こすときは「悩んではいけない」のだ。だから、悩みを断ち切るセレモニーが必要になる。比較をして生まれる情緒性を断ち切るのだ。そして明確な目的を定めて、戦略と行動様式を決める。本当に悩むのはそれからだ。何故ならば、自分の目的通りになるなんてことはほとんどないからだ。何故か?神でない限りすべての条件設定なんて不可能だからだ。リーダーというのはそういう予期せぬ条件をどうやって取り入れることができるかにかかっている。だから、「門をたたいて」出てくる人に水をかけられる場合もあるし、一宿一飯の恩義に預かる場合もあるのだ。その時どうするかということに真価がかかっている。

占い一言居士:
命名を侮ってはいけない。命名を侮ることは運命を侮るに等しいからである。神は最初の人類のアダムを土から造って、命の息を吹き入れられたとある。命名とはまさに命の息をわが子に吹き入れるようなものなのだ。その時こそ子供と真剣に向き合わなくてどうする。命名には親のエゴを入れてはいけないのだ。

赤ちゃんの命名・改名・相性占い・姓名判断はメール鑑定の「天使の占い」

テーマ:日記 - ジャンル:日記

格言ー「貧乏は生活習慣病」カウンセリングだけでは対処出来ないお金への接し方は、まさしく習慣から生まれてしまっている。
格言ー「貧乏は生活習慣病」カウンセリングだけでは対処出来ないお金への接し方は、まさしく習慣から生まれてしまっている。
---石田沙緒(ファイナンシャルプランナー)---

お金が嫌いな人は先ずいないだろうと思う!お金という問題は、人類とどれくらいつき合ってきただろうか?その辺を考えてみることも必要だろう!不思議なことに有史以来つき合ってきたはずのお金について、人間は何も教訓を得ていないようなのである。それよりも、ますます人間は自分が発明した道具としてのお金に使われるようになってしまっている。

単なる道具としての機械などはその使い方を学んだりさわったりしていると何となく分かってくるものなのだが、お金については実は小さいときから誰もその使い方を教えてはくれないのである。これは道具を使いこなしてきた人間にとっては何という失態だろうか?一流の職人は、例えばかんな一つ手に取ってみればそれがどんな状況なのかがたちどころにわかるという。ところがお金の職人というのは育ってはいないのだ。実はお金は目に見えないものだからに他ならない。

十一条というのをご存じだろうか?収入・利益の十分の一を神様に捧げるというのだ。これをユダヤ人は守ってきた。ロックフェラー少年は金銭出納帳をつけて、十分の一を教会に献金したという。そういうお金の扱い方を習慣化してきたのはユダヤ人なのだ。だからユダヤ人は世界でお金のプロといってもいいくらい富豪が多いのだ。勤勉、禁欲、貯蓄というキリスト教のカルヴィニズムが初期資本主義の基礎を築いた。日本にも同じような考え方が芽生えていた。質素、倹約、修行ということだ。日本人にとって仕事は、仏道修行や、人間修養であったのだ。この考えが日本型の資本主義を生み出していったといってもいいだろう。

そうしてみると、お金というものは実は人間の精神的な、宗教的なバックボーンからその有効な使い方が生まれて来たといえる。こういうその国の精神史を無視してお金を活用しようとしても、それは無理なのだろうと思う。日本人にはお金はみんなの修行の結果というDNAがあるから、お金持ちが自分だけのためにお金を使うというのは、ひんしゅくを買うのである。唯一お金の生活習慣病を無くすには、小さいころより金銭出納帳をつけて、せめて十分の一を社会に還元するという訓練を家庭ですべきなのだと思う。消費社会になれば尚更そういう価値観が必要なのだ。お目々のくもっているのは現代の親たちだ。これは人ごとではないぞと、日記を書きながら自戒しております。

占い一言居士:
占いというのは、どんな世界に行ってもあるから不思議だ。西洋には西洋流に!東洋には東洋流に!人は様々なものを利用しながら、相手を知るよりどころにしてきた。それは「知りたい!」という強い動機から始まっている。もっと愛したいこと、不安を解消したいことなど皆同じだ。だから占いは、そういう知るための材料を提供してあげる道具と考えればいいだろう!

赤ちゃんの命名・改名・相性占い・姓名判断はメール鑑定の「天使の占い」
格言ー恋に肩をたたかれると、日ごろ詩的な調べに耳を貸さないような男でさえ、詩人になるから不思議だ。
格言ー恋に肩をたたかれると、日ごろ詩的な調べに耳を貸さないような男でさえ、詩人になるから不思議だ。
---プラトン(ギリシャの哲学者)---

恋というものの不思議さを、今の人はどれくらい理解しているだろうか?理解ということば自体が不自然である。恋をどのくらい心が受容しているかというかとの方が正しいかだ。恋をしてこなかった人を探すのが難しいくらい恋の天使は、人間の側についている。ただそれを人の理性が邪魔をしているにすぎない。ただ恋をしないと人間というのは成長しないと言うことだけはいえるのではないか?

恋というのは、男性は女性を、女性は男性に対する理解力を大きく成長させることになる。だから恋の経験は人間になるための大きな刺激剤だ。人はいつでも恋をできる準備が心の中に潜んでいるし、チャンスがあれば恋をしたいという潜在的な願望が必ずあるのだ。恋は盲目というが、盲目以上なのだ。恋をすると、すべてのものが自分の目ではなくなってしまう。恋する人の目を通してものを考えるようになるのだ。そういう意味では人格が乗っ取られてしまうというのが恋の本質なのかも知れない。

出会い系とHサイトが増えた。メールを受信すればほとんどがHサイトの迷惑メールだ。彼らこそ恋の敵なのだ。H系と恋はまったくの別物だ。恋は人間にとっての神聖な権利なのだ。それを阻害するのが最近の援交やら何やらすぐに肉体を求める風潮だ。人を恋したり、人を愛したりという精神的な成長を大切にしなければならないときに、性的な話だけをクローズアップする。そういう教育がジェンダーフリーというわけのわからない思想によって青少年をダメにしている。バカな話では公衆トイレの男のトイレと女のトイレの表示の色が既に差別だなどと頭の構造を疑うようなことを言っている先生がいる。

恋と愛と夫婦は永遠のテーマであるから、様々な先人の言葉がある。それを参考にして考えてみよう!
(キルケゴール)愛は全てを信じ、しかも欺かれない。愛は全てを望み、しかも滅びない。愛は自己の利益を求めない。
(ツルゲーネフ)愛は死よりも、死の恐怖よりも強い。愛、ただこれによってのみ人生は与えれられ、進歩を続けるのだ。
(ゴーリキー)簡単に言えば、夫婦というものは鎖で結ばれた徒刑囚なのだ。
だから夫婦は足並みをそろえて歩くようにしなければならない。
(フランスの諺)神様はこの世に男と女をお作りになった。悪魔がそれを夫婦にする。
(江戸小話)婚礼が終わって半年――亭主が語り、女房が聞く。
婚礼が終わって三年――女房が語り、亭主が聞く。
婚礼が終わって十年――亭主が怒鳴り、女房がわめく。それを隣の人が聞く。
江戸の小咄じゃあないけれど、この頃から”恋”を真剣に考えた方がいいのではないかと思う!もちろん相手は自分の奥さんだ。だって、その昔奥さんに恋をしたではないか?いつも原点・初心に帰れだ。

占い一言居士:
「相性占いとかけて何ととく。夫婦ととく。その心は、合うときも合わないときもある。」相性というのは基本的には相対的な関係だから、相手のどこを見つめているかと言うことが問題になるのだ。そこに気がつかないと、占いをいくらしても改善はされないのだ。

赤ちゃんの命名・改名・相性占い・姓名判断はメール鑑定の「天使の占い」

テーマ:日記 - ジャンル:日記

格言ー老いは、我々の顔よりも、心に皺をつける。
格言ー老いは、我々の顔よりも、心に皺をつける。
---モンテーニュ(フランスの思想家)---

50になってくると、これは痛い格言になる。孔子が、50になって「天命を知る」といったそうだが、この天命というのは何かとよく考えるのだが、自分の人生の使命なのか?それとも、50になると悟ることができて、天が言わんとすることが分かるようになるのだろうかなどと、勝手に考えてきたのだけれど、50になってみてやっと分かったことがある。

どうも病気の罹患率が、40代よりも50代になってからが急激に増えていくと言うことである。ということは、50になるとそろそろ体に変調を来し、先が見えてきそうな感じになってくるのである。そういう意味では、そろそろ人生の先が見えてくるのであるから、孔子の言う「天命」というのもうなずけるような気がする。時間は限られているのだから、その間に何ができて何ができないのか計算ができるようになるというわけだ。生命保険も50になると急に値上がりする。

永遠の青年という言葉がある。いつまでも若くありたい。それは人類の夢なのだろう!秦の始皇帝が不老不死の薬を求め、徐福がその不老不死の薬を探して、日本に来たといういわれがある。どんなに栄耀栄華や権力を極めても、老いという問題からは人類は永遠に逃れることができないのだ。しかし、たった一つこの自然の流れに逆らう力を持っているのが人間だ。そこが人間の偉いところなのである。それは、いつも目的と希望を持ち続けて、自分の挑戦をあきらめないと言うことだ。

人間というのはいつも楽しいなと思う。確かに体というのは年を経るに従ってガタが来る。50にもなればいろいろとメインテナンスをしないとうまく作動しなくなる。しかしだ。心というのは体に反比例して成長し続けるから面白い。が、敵は自分の身近にいるのだ。もう年なのだから、もう孫ができてお爺さんになったのだから!などと、心を老人にしていく奴らがうろうろしている。50から戦わなければならないのは、そういう奴らに対しでだ。そういう奴らに心の中で言うことにしている。「僕の心は不老不死だ。君たちよりははるかに大きな心があるのだ。大きすぎて見えないだろう!」(!~0~)

占い一言居士:
自分の名前に自信が持てなくなったら、というよりは自分に自信がなくなったら、新しい服を着ればいいのだ。そうすれば気分が一新できるし、その服に見合った内容を求めることができる。改名というのはそういう自分を一新する為の新しい衣服だから、ちゃんとした改名をしないと、ちぐはぐになってしまう。

赤ちゃんの命名・改名・相性占い・姓名判断はメール鑑定の「天使の占い」

テーマ:日記 - ジャンル:日記

格言-本当に知りたくて聞いたというよりは、沈黙に耐えられなくなったのだろう!
格言ー本当に知りたくて聞いたというよりは、沈黙に耐えられなくなったのだろう!
---井上荒野(作家)---

沈黙時間というのがある。遠洋航路に出ると、船の通信設備で様々なデータの交信が成されているのだが、毎時15分と45分から3分間は全世界の船の交信が消えるのだ。その光が途絶えたようなときに傍受する通信記録は、エマージェンシーなのだ。こんな時は全神経を集中させて緊急信号の位置を確認する。もし、自船から遠くない距離ならば、すべてを犠牲にして救助に向かわなくてはならない。

沈黙という時間はとても大切なものだ。この時間をうまく使える人が人のここをつかむことができるのかも知れない。しかし、恋人にまだなっていないような男女関係の時は、二人の間のこの沈黙時間というのは、まる一日のような気がすると思う。何かを話さなければとあせればあせるほどに、ことばは出てこない。自分も辛いけどたぶん相手もこの時間をもてあましているに違いないのだ。そんな時に自分だったらどうするだろうか?

さんまと伸助はすごい。何故かというと、この沈黙時間がないからだ。必ず相手に何かしゃべらすか、自分がしゃべっている。さんまの面白さは、そのリアクションだ。いつもしゃべりまくっているようなイメージを受けるが、よく見ていると、大袈裟な動作が多くて、次に相手にうまくしゃべらせている。なかなかの芸達者だ。やっぱり天才だろう!そんなにまねのできることではない。爆笑問題の太田は、つっこみがすごい。相当深く研究していて、相手の裏の裏をかくのだ。太田の場合は相手に考えさせて沈黙をつくってしまうから面白い。

沈黙のコントロール。これができればすごいのではないかと思ってしまう。相手が大切な人であればあるほど、この間合いがとれないのだ。そこで、墓穴を掘ることになる。だから話題がとぎれたときに、相手の心の隙を利用するのかうめるのかという選択をしなければならない。僕らは天才ではないのでさんまや伸助のようにはなれない。ましてや太田のようにもなれそうもない。だから、田中ぐらいでいくしかない。(田中さんおこらないでね!)そこそこ話題を変えるという程度だろう!でも、いつか沈黙を楽しむことができればいいのになあと思ってしまう。

占い一言居士:
命名をするのに、素晴らしいバランスのいい運命式を考えたとしよう!そうすればその人は成功間違いないのかということになる。預言と同じだ。それ自体が素晴らしいからといってその通りにはならない。何故かというと、その素晴らしいバランスを実現する内容を自分が身につけなければならないからだ。命名にはそういう条件がついているということを忘れてはならない。

赤ちゃんの命名・改名・相性占い・姓名判断はメール鑑定の「天使の占い」

テーマ:日記 - ジャンル:日記

格言ー会社でも社の仕事をしているふりをして、自分の仕事をしていたり、独立の準備をしている者が多い。
格言ー会社でも社の仕事をしているふりをして、自分の仕事をしていたり、独立の準備をしている者が多い。
---高野秀行(作家)---

情報化社会になったから、仕事のふりをしていて自分の仕事をしたりなどという輩は今に始まったことではないはずだ。いつの時代でもそういうことは多かれ少なかれしていたはずだ。しかし、何かが違っている。それは、チームワークだ。たぶん「同じ釜の飯を食う」という意識がどんどん無くなっていってしまっている。成果主義が導入され、終身雇用制などはもうとっくの昔にどっかへいってしまった。

会社というものは何だ!と皆が疑問に思い始めている。生活の糧の手段か?それとも自分の理想をかなえてくれる近道なのか?自分の能力を試す試験の場所なのか?それぞれが様々な動機を持って入ってくる。正社員と派遣社員や契約社員の境界線がなくなってきている。いったい何が違うのか?誰にもわからない。もはや会社という組織は自分にとって古くさい言葉で言うならば忠義の対象ではなくなってしまっているのではないか?多くの人の意識がそうなりつつある。欧米流の経営手法はそういう社会的な土壌があって生まれてきている。それを日本に当てはめて、今日本人は大切なものを捨ててきたのではないかと思ってしまう。

封建社会を経験することによって、人間は大切な思想的な財産を手に入れてきた。そういう歴史的な社会構造を経験してこないと、本当に人間の精神的な背景は社会において信頼できなくなってしまう。外国をみればよくわかる。先進国といわれる国はそういう長い歴史の中から今のシステムを導き出している。会社にだってそういうDNAはあるはずだ。農業で成り立ってきた長い歴史を持っているのが日本だ。そういう村落共同体の中で培われてきた人間関係がある。濃密な人間関係が日本人の得意とするところのはずだ。それがある日突然個人主義になってみるとどうなるか?

経営の効率化ばかり考えていると、それをになう人間の心を失ってしまう。篠山紀信さんの写真集の中に、確か六本木ヒルズの大手IT産業の社員達が集まっている写真があった。社員集会をしているのだ。不思議な光景を見てしまったという思いだ。メールとインターネットカメラで画像を配信し、ネット会議をすればいいようなものなのだが、時代の先端を行っている人たちが、人の交流を欲しがっている。そこに人間という存在の有機物をみたような気がする。社会って不思議だよね!

占い一言居士:
卑弥呼は鬼道をしていたといわれている。鬼道については諸説あるのでよくわかってはいないが、隣の韓国では、巫女が鬼神の寄り代となって地上の子孫に現れるという。どちらにしてもあの世とこの世のつながりから国の行く末を占っていたに違いない。やはり占いの原点は先祖とのつながりにあると考えてよい。

赤ちゃんの命名・改名・相性占い・姓名判断はメール鑑定の「天使の占い」

テーマ:日記 - ジャンル:日記

格言ーすべての男はダメ男である。
格言ーすべての男はダメ男である。
---絲山秋子(作家)---

ダメ男というのは、人生の落伍者などと思われがちだが、あながちそうでもない。すべての男がダメ男かどうかはわからないが、少なくとも女性からみればそう見えるのだろう!そこには、女性特有の自信がみられる。たぶん「この人は私がいなければ何もできないだろう!」ということなのだ。長年かかって獲得してきた女性の勝利宣言だ。

ところがいわれたダメ男の方は、ダメ男といわれながらそれを認めているところがある。「この人がいないとやっぱりあかんな!」と思うからだ。家庭というのはその辺でうまくバランスがとれている。家内というわけだから、家の中では女性が主導権を握っていた方がいいのだ。人間というのは、どこかで主人になっていないとストレスがたまってどうしようもなくなる。だから、男は社会で主人になる道を見つけ、女性は家の中で主人になる。そういう弥次郎兵衛から考えると、「ダメ男」万歳なのだ。

人間というのは、愛すると愛した人にいっぱい期待してしまうものなのだ。そこが不幸の種になることも知らないでということになる。期待して何が悪いかというと、期待というのは一方的な「待ちの姿勢」だからだ。愛というのはもっと動的なものだ。だからアクションを伴うものであるはずなのだ。だから、愛しているならば期待してはいけない。愛しているということは、互いに協力するということなのだ。すべてにおいてである。その辺を勘違いする若者が多い。期待するからこそ不満が生じる。それが、愛をダメにして、本当に男をダメにすることになるのだ。

僕は家庭ではダメ男でいいと思っている。化石といわれようが、縄文人といわれようが、粗大ゴミになっていようが、僕がダメ男になっていることが、家庭では妻を立派にしているのだ。だから子供たちはやっぱりママがいないとダメだねと思っている。人は存在感を認められるというのは嬉しいものなのだ。誰かに必要とされている。そして誰かのためになっている。そういう人間のDNAみたいなものを大切にすることこそ、家庭平和の基なのだろう!世界の平和だってそんなところに違いない。肩肘張って”俺が俺が”っていってる間は平和は来ないに違いない。

占い一言居士:
相性というのは、全部があっていなければと変な考えにとらわれる人がいる。人間なんていうものは全部合うなんてあり得るはずがないのに、運命の赤い糸で結ばれている人がいるはずだと思いこみたい人がいる。誰が運命の赤い糸を結ぶかというと、自分で結ばなくて誰が結んでくれるのでしょうか?相性というのは互いの事情圏や心情圏を共有するところに本当の相性が生まれるものなのです。その辺を忘れてはならない。

赤ちゃんの命名・改名・相性占い・姓名判断はメール鑑定の「天使の占い」

テーマ:日記 - ジャンル:日記

格言ー問題と取り組み、解決していくときに力がついていくのです。
格言ー問題と取り組み、解決していくときに力がついていくのです。
---杉井保之(オリジンコーポレーション社長)---

戦争がおこると何故科学が発達するのか?答えは簡単なのだ。それは目標がはっきりするからなのだ。人間というものは面白いもので、目標や課題がはっきりとすれば、それに向かって頭を使い知恵を絞ることができるのだ。だから、課題が明確になるということはとても素晴らしいことなのだ。何をやっているのかわからないというのが一番いけない状況だ。

特に男というのは元々鉄砲を持っているせいか、目標や目的に対して執着を持つ性質がある。企業でよく戦略という言葉を使うが、これは戦争用語なのだが、企業が自分のやろうとしていることを明確にする意味では、こういう用語を使ってシミュレーションするのは、とてもいいことだ。何故かというと、大きな目標、小さな目標、時間的に急務な目標、必要のないような目標など、作戦や方策を考えるのに、よく整理することができるからだ。

この前は新聞に面白い記事が載っていた。男性トイレの小便器の中にシールを貼るのだ。それもちゃんと位置を計算してのことだ。男の性質というのは本当に楽しくて、そういうシールがあるとそこに向かって命中させなければ気がすまないということになるのだ。するとどうだろう!小便器からの跳ね返りやら、便器の周りが汚れるなどの弊害がぐんと少なくなるというのだ。思わず、頭がいいねと唸ってしまった。それも、そのシールのデザインを考えたのは女性というから驚きである。世の男は見抜かれてしまっているようだ。

知恵を巡らせ、頭を使え、悩み抜け、などというのは叱咤激励するというよりは、その人に必要な課題を与えてあげれば、黙っていても知恵を巡らすようになるし、頭を使うようになるし、悩むようになるものだ。だから、人を指導するのに、檄を飛ばすというのではなくて、その人の本当の目標を見つけてやればいいことになる。でもそれが難しいのだが、課題や目標は着実に本人の向上につながる。それが会社の発展にもなるのだから、ちゃんと目標を見つけるのを手伝うのが上司というものだろう!

占い一言居士:
最近は改名して欲しい人の中に、仕事をしたいからという人が多い。自分の職種にあった名前のペンネームにしたいのだ。それは正解だと思う。名前の持つイメージがその人の能力にまで影響を与えることになるのだから、名前はその人にとっては命になる。だから改名は格数や音韻変化の法則までしっかりと見なければならない。

赤ちゃんの命名・改名・相性占い・姓名判断はメール鑑定の「天使の占い」

テーマ:日記 - ジャンル:日記

格言ー芝居じみた優しい声を出されるよりは、八つ当たりでもされた方がずっとマシだ。
格言ー芝居じみた優しい声を出されるよりは、八つ当たりでもされた方がずっとマシだ。
---谷村志穂(作家)---

人間って何でだろう?って思うことがある。どういうわけかいつまでも同じ状態でいたいってすぐに考えてしまうのだ。例えば、夫婦でも結婚した当初から見れば、二人を取り巻く状況はどんどん変わっているのだからそれに合わせて夫婦の間も変わって当然なのに、ちょっとケンカするとすぐ口に出ることばがある。「昔のあんたはそんなんじゃあなかった!」男はねえ、こういう言葉にはかちんと来るのよね!こうなると売り言葉に買い言葉で収まりがつかなくなる。

友達だってそうだ。仲良くなって、その仲の良さがずーと続くって人間は錯覚を夢見たいのかも知れませんね!友達だって取り巻く環境が変われば、やっぱり変わるし、自分だっていつもの通りの自分だと思いこんでいるだけで、実は人から見ればどんどん変わっているはずなのだろう。でも、人間っていつまでも同じでいたい!という願望がどこかであるんだよね!これはどこから来るのだろう!たぶん変わることへの恐れがあるのかも知れないね!変化っていうのは、いい面もあるけど逆にいい状態をこわすっていうこともあるからなのかも知れません。

諸行無常!すべての事物はとどまることなく流転変転するということの仏教の教えなのだが、その根本は執着心をとることにあるらしい。執着っていうのは変化を拒否する心の作用だから、そこで諸行が無常であることを理解すれば執着から離れることができるということのようだ。頭ではそうだが、心で好む情を理解するというのは、なかなかできない相談だ。あきらめっていうことと執着をとるというのは違う。あきらめは執着するものを放棄することだから執着心がなくなったわけではない。執着心をとるとは、変化し発展している新しい状況を素直に受け入れることをいうのだ。まあ僕のように無明煩悩の凡夫には難しいのだけどね!

日頃うるさい夫が急に優しくなった。それは、たぶん自分の心の状態を隠すための作戦だ。人間というのは、急に多弁になるときは隠すべき何かがあると見た方がいい。人と人の間のドラマを見ればそこにに何かがある。一番いいのは、自分の変化を素直に表した方がいい人間関係が創れるというものだ。腹の探り合いほど疲れるものはない。そういうことはビジネスと政治の世界だけにして、家庭では素の自分で「丁々発止」「ぼけとつっこみ」そんなのがいいではないか?ただ、相手の心を傷つけるのだけはやめよう!

占い一言居士:
命名するにも様々な要素がある。格数だけを考えればいいというものでもない。また、周りの人間環境でも付けられる名前とそうでない名前が出てくる。そういう複雑の過程の作業から命名は生まれてくるのだが、最後は音の問題になる。やっぱり名前は呼びやすくて親しまれる方がいいに決まっている。軽すぎてもいけない。重すぎてもいけない。音の陽陰のバランスはとても大切だ。

赤ちゃんの命名・改名・相性占い・姓名判断はメール鑑定の「天使の占い」

テーマ:日記 - ジャンル:日記

格言ー自分の運を愛さないものには運は微笑しない。
格言ー自分の運を愛さないものには運は微笑しない。
---司馬遼太郎(作家)---

運という言葉は誰が発明したかは知らないが、まあ便利な言葉だ。しかし、この言葉の持つ魔力は恐ろしいほどの力を発揮する。「あなたは運がいい」などと信頼できる人から言われれば、ついその気になって、「何かやってみようかな!」などと力が出てくる。その反対に「あんた何やってもついてない人だね!」なんていわれようものなら「ほっといてくれ!」などと怒ってみても、ダメな自分を連想してしまって意気が上がらないことになる。

運とはいったい何か?このつかみ所のない運という実体に迫ることはできないか?とも考えたが、どうも無謀なことになりそうなので「やめた!」。でも、つきというのがある。つきというのは、「憑きもの」というように何かが自分にとりついているということなのだろう!そんなことを考えると「怖い!」気がするのだが、憑いている人が素晴らしい人であればいいではないか!だから、自分には素晴らしい人が憑いているんだというように思うことにする。例えば、坂本龍馬が好きならば、坂本龍馬が自分に憑いていて応援してくれていると思えばいい。

ロック歌手の矢沢永吉に惚れる人は多いと思う!彼の言動をバイブルのようにしている人もいる。料理人の平野久将さんもその一人であったらしい。人間て面白いもので、その人に惚れるとその人のようになってしまうからだ。どうしてか理由はわからないが、たぶん外面をまねていくことで自分の内面までも当人になるのでないかと思う。だから女の子が追っかけをやって、何となく自分では遠かったアイドルに自分が近づいて、自分がそうなっちゃう”感情移入”ってやつがおこるんだろうね!こうなってくると、現代の女の子っていうのは、出雲の阿国のような巫女体質を受け継いでいるのではないかと思う。

自分には偉大な人物が憑いている。「自分は高杉晋作だ」と思えばいいのだ。そうすると、高杉晋作のような考えが生まれてくる。そして彼が成し遂げてきた業績を思えば自分も現代でできるはずだ。人間の心の根拠なんてそういうものなのだ。愛する人が現れると頑張れるというのは、力の源泉というのが人のつながり、人の思い入れなどによるものということになる。だからもし「運をつかみたい」と思うならば、思いっきり人を愛することだ。人を愛することで運というものはやって来ることになる。だから、愛することに疲れた人には運はやって来ない。愛することは”運”のはじまりなり!

占い一言居士:
昔の武将は、占いをうまく使った。先勝祈願をしていると、瑞兆が現れた。だからこの戦は必ず勝つぞと部下に信じ込ませる。そういうことをとっさの判断かも知れないがしてのける知恵があった。人の心が集結してこそ運勢というものは開けるのであるから、自分には神の加護があることを証明すればいいのだ。それを本気で自分も信じることができれば、占いの力は生きることになる。

赤ちゃんの命名・改名・相性占い・姓名判断はメール鑑定の「天使の占い」

テーマ:日記 - ジャンル:日記

格言ー人の心、もとより善悪なし。善悪、縁に随ておこる。
格言ー人の心、もとより善悪なし。善悪、縁に随ておこる。
---懐奘(曹洞宗の僧)---

懐奘・永平寺第2世といった方がわかりやすいと思う。常に道元の側にいてその言行を記録し、後世に残した。道元の教えは「只管打坐(しかんたざ)」であり、修行し続けることをといた。正法眼蔵が有名であるが、これは仏教全般のことを書いたものである。仏教は元々釈尊から始まるのであるが、その基本は釈尊の悟りの一つである12縁起の法則になる。

すべての事象には原因がある。というのは最も科学的な考え方なのだが、縁というのは物事が起こるには、12の小さな原因が寄り集まって現象となって現れるということなのである。だから、人間の善にも悪にも、善になる様々な原因が集まって善という行為や結果が生まれてくるのであり、悪行を成すには、それだけの原因が寄り集まって悪なる行為が行われるというものなのだ。だから人の心に宿る煩悩も、そういう原因が集まっておこるものという考えになる。

砂漠の宗教はこれとは全く異なった見方をする。キリスト教やユダヤ教、たぶん回教もそうだが人間には元々原罪がある。というのだ。聖書の中に出てくる失楽園の物語は、人間が悪魔によって堕落させられて原罪を持つようになったいきさつが出てくる。オカルト的ではあるが、人が罪を犯すのは元々この原罪によって、そこに悪魔が働いて罪が行われると考えるのであるから、悪の根本はこの原罪を取り除くことと、悪魔を寄せ付けないことになる。東洋と西洋のこの大きな違いは、人間観の大きな違いになって現れる。より人間的な東洋と、神の恩寵を説く西洋との価値観は結局どこかで交差してしまうことになる。

いくら現代の日本が西洋ナイズされていようとも、長い間培われてきた歴史的な価値観はそう簡単には崩れそうもない。日本は明治維新では賢明であった。西洋の技術は受け入れても、日本古来の伝統的な価値観はそのまま継承して、新時代を築こうとしたからである。急激な価値観の変革は、かえって国の混乱を招くだけだからである。キリシタンの布教が失敗した原因は何か?多分我が国の価値観を急激に変革しようとしたところにあるはずだ。布教というのは少しずつ変革されていくべきものなのであるから、先ずはその国の価値観と合うところを中心に穏やかに理解を広めるのが懸命なはずだ。天狗はいても日本には悪魔は存在していないのだから!そういう日本独自の考えを理解できなかったに違いない。

占い一言居士:
人が合うとか合わないというのは、絶対的に定まった問題ではないはずだ。それを今合わないから将来も合わないだろうというのは、自分の思い込みだ。でも実際にはどうしても合わないということが出てくる。それは何故か?答えは自分の中にある。その人のどこと自分を合わすかということなのだ。100%全部合うなんていうのはないのだ。相性占いそしてみるとそういうところが見えてくるようになる。

赤ちゃんの命名・改名・相性占い・姓名判断はメール鑑定の「天使の占い」

テーマ:日記 - ジャンル:日記

格言ー人知に思い上がっている人間はいつかその為むごい罰を被ることがあるのではなかろうか。
格言ー人知に思い上がっている人間はいつかその為むごい罰を被ることがあるのではなかろうか。
---志賀直哉(作家)---

人間の知恵というのは、何と無限大ではなかろうか?などと思えるほど最近の科学技術の発達はすばらしいものがある。そういう恩恵に浴しているのは、この100年くらいの人たちではなかろうか?コンピューターの発達によって、人間の頭脳の代わりができるようになったのは、昔の人が見たならば何事がおこったのか既に理解の範疇を越えてしまっているだろう!

情報という面においては、今や革命がおきているといった方がいいと思う。デジタル社会の中で情報がどんな変化をもたらしたかは、「情報のさばき方」という本の中で、マサチューセッツ工科大学の博士が「緊急性の喪失」ということをいっています。その他に次の4つのことがあります。
①時間と空間の消失 ②検索力によるただの情報 ③転写性 ④発信力 これらは、今まで限られた人しか扱えなかった情報が大衆化したということです。
それらが果たして精神を持った人間を変える力を持っているかということなのです。

情報の洪水、言い換えれば人知の洪水に今や人々は押し流されているといった方がいいでしょう!要は情報を整理し、必要か不必要かの判断をしてそれを自分にとってどういうふうに加工すればいいのかということの方が問題なのです。また、利用の仕方もあるでしょう!津波に襲われたらなすすべもなく逃げまどうか飲み込まれてしまうのが落ちです。そういう情報の渦の中でもがく姿が目に浮かびます。情報を扱う技術というのは、その情報の価値を認め利用する技術力の問題になります。そういう意味では、人間は新しい試練に遭遇しているといえると思います。

情報の洪水の被害を受けている人たちが既に数多く現れています。出会い系の問題、ちょっと前はワン切りの問題もありました。ライブドアのメール問題は、そういうことをよく表しています。人間は今まで精神や思想価値などを扱うことになれてきませんでした。そういうのは学者に任せておけばいいということでしたが、今すべての人が情報という前に人間の価値が問われているのです。月並みですが、最後は「信頼」ということが残ると僕は思います。そして、ない情報は引き出せないということです。だから創造力を養うということこそ重要になると思っています。

占い一言居士:
人間はどこかで自分をリセットしたいと思ってはいないでしょうか?でも人生というのは積み重ねた過去があって、今の生き方ができあがるのではないでしょうか?自殺は人生のリセットではありません。ゲームのように再び生き返ることはないのです。だからこそ自分をもう一度甦らせたいと思えば、改名するというのは甦る為のよい方法です。

赤ちゃんの命名・改名・相性占い・姓名判断はメール鑑定の「天使の占い」

テーマ:日記 - ジャンル:日記

格言ー我が家で汲む酒は、我が家の習俗に従うべく、旅の空で飲む酒は土地の名物に舌鼓をうつべきであろう!
格言ー我が家で汲む酒は、我が家の習俗に従うべく、旅の空で飲む酒は土地の名物に舌鼓をうつべきであろう!
---尾崎士郎(作家)---

風土というものがある。その土地土地に根ざした自然環境・人間環境をいうのだが、それによって人情やら、価値観やら、考え方まで様々な世界が広がってくる。だから旅というのは、その土地土地の風土を研究するつもりで訪れるのが面白いのではないか?ただ珍しいものを見学に行くというよりは、そこに生活する人間にふれてみるというのが、旅を満喫するいいところなのだと思う!

旅は先ず、旅のテーマをはっきりするということが絶対に必要だ。ただ何となく自然がいいところがいい、なんていうのはダメだ。行きたいところの土地の研究から始めるのがいい。情報はインターネットでもいいのだが、そのところの観光案内所に電話して、生の声を聞くことにする。その際に、必ず名物ではなく、その土地の人たちが皆美味しいと言っている物は何かや、できればボランティアガイドさんの連絡が取れるようにお願いする。その次にその土地の小学校か図書館に行って、民話などその土地の郷土史のようなものを調べることにする。すると、旅というものがいろいろな色彩を帯びてくるようになるから面白い。

そうは言ってもそんな面倒くさい旅なんかする人は研究者以外まずいない。旅などというものは、基本的には「風の向くまま気の向くまま」というのが、サプライズがあっていいものなのだ。何といっても、温泉と食べ物と人情が旅の一番の馳走になる。だから行きたいところに好きなときに行くというのが旅の心かも知れない。こんなことは今でこそいえる贅沢だ。その昔、江戸時代なんていうのは、旅そのものが一生に一度のことだったはずだ。そう考えればいい時代になったと感謝しなければなるまい。

「郷に入れば郷に従え」という言葉がある。旅にはそういう精神が必要なのだろうと思う。たぶんこういう言葉は世界に出て行ってもそのまま通用するはずだ。その土地にはその土地ごとのしきたりやら習俗がある。そういうものに素直に従うことで、旅人はすぐにその土地の素晴らしさに出会えるようになるはずだ。そういう特技が日本人にはあるように思う。キリスト教の国に行けばキリスト教徒のように教会でひざまずき、マホメットの国に行けばメッカに向かって礼拝する。そうすれば戦争はおこらないような気がするのだが?かたくなに自己を主張する人や民族は、それなりの犠牲を払う覚悟がいるはずだ。

占い一言居士:
命名というものは、人間や物でいうならば人や物の「器」を意味する。その器の種類や大きさ質のレベルといったことが、器の価値を決定する。茶道の茶碗がいい例だ。ただ茶を飲むという行為を文化や芸術のレベルにまで押し上げたのは、日本人の特技だ。その茶碗に価値を与えたのも利休という命名者がいたからだ。子供の命名にいのちの息を吹き込むのは、親のなすべき一番の仕事になる。

赤ちゃんの命名・改名・相性占い・姓名判断はメール鑑定の「天使の占い」

テーマ:日記 - ジャンル:日記

格言ー両親ほど、最も自然にして、最も好適な教育者はいない。
格言ー両親ほど、最も自然にして、最も好適な教育者はいない。
---ヨハン・ベルハルト(ドイツの教育学者)---

教育というのは、一番難しい問題なのだろう!誰か素晴らしい業績を上げた人が出てくると、いったいどんな教育を受けてきたのだろうか?親はどんな教育をしたのだろうか?などとかしましく人の口にのぼるものだ。それも一時を過ぎるとまたもとの何事もなかったような状態に戻ってしまう。今はゆとり教育が問題になっている。いったい誰がゆとり教育なんて考えたのだろうか?

誰もゆとりになっていなくて、返って皆精神的にも実務上でもゆとりがなくなってみんな困っている。高校の未履修問題もゆとり教育が始まってから広がっている。ゆとりがあるのは文部科学省の偉いお役人だけなのかな?いじめという問題もどんどん陰湿になってきている。頭の偉い学者さんたちが、その偉い頭をつき合わせて審議して解決策を出しても、いじめはなくならない。ちょうど戦争が人類始まって以来なくなっていないのと同じことだ。

親という漢字は、木の上に立って子供を見ている姿なのだそうだ。水辺の動物カバは、水中から上がって水辺で休むとき、子供がいるお母さんカバは、その回らない首のために、いつもその胴体を動かして子供が視界から消えないように見ているという。いつの時代でも親というのはそうしたものなのだろう!教育とは・・・などと大上段に振りかざす前に、少しはカバを見倣ったらどうかと思ったりする。いじめによる子供の自殺問題で右往左往する校長がいた。まったく子供の方を見ていない!カバにも劣る校長だ。そんな校長と一緒にするな!バカにするなとカバの方が怒りそうである。

人を教育するというのは、本来は学校の仕事ではないと僕は思っている。家庭こそ子供の教育の最前線のはずだ。でもその家庭で子供を躾できないから学校に託すというのは、親の考えがずれている証拠だ。学校と家庭では学習という観点で分担が違うはずなのだ。知識教育が中心の学校に対して、人格的人間教育の中心が家庭のはずだ。しかも、学問として体系化したものを学ぶのが家庭ではないが、現実の生活を通して、実体の親という人間を通して学ばねばならないものが多いはずなのだ。親の方が子供に何を与えるか!もっと自信を持つべきと思う。

占い一言居士:
占いと預言は似て非なるものだ。占いも預言も未来のことを題材にするのは同じなのだが、占いは可能性を表しているから、どうにかすれば道はある。しかし預言は、神の命令や言葉を預かるのだから、選択は二者択一である。悔い改めれば助かるが、そうでなければ滅びが待っている。いつでもクローズドクエッションは、答える方には厳しい選択だ。

赤ちゃんの命名・改名・相性占い・姓名判断はメール鑑定の「天使の占い」

テーマ:日記 - ジャンル:日記

格言ーあっち見てもカネ、こっち見てもカネ。
格言ーあっち見てもカネ、こっち見てもカネ。
---佐藤愛子(作家)---

お金って何だろう!いつも疑問に思っている。でもお金が人間の幸不幸の80%位英興がるとは思うのだが、それでも、なぜかお金に抵抗感があるのは僕の先祖がよっぽどお金に困ったDNAを持っていたせいなのかなあ、と考え込んでしまう。そこでお金について調べてみると、面白いことがわかった。元々物を交換しながら生活資料を得ていたのが、いちいち物を持って行くのが面倒なので、その物に変わる道具としてお金が発明されたようだ。

だから、最初は貝であったり、石であったりなど、まあ道具だから便利なように変化していったのだ。そして現在は紙になってしまった。面白いというのは、実はこの道具自体が妖怪のように化けてしまったのだ。単なる便利な道具というよりは、このお金という道具自体が価値を持ってしまったというところに面白さがある。しかし、この便利な道具に無限の価値を与えてしまった人間が恐ろしいというわけだ。価値を自由に創造できるというところに人間の特異性がある。

最近のデジタル思考では価値を数字で判断することが多くなってきたのだが、価値というものは数字だけではかれるものなのかという疑問が残ってしまう。「パパはママを愛してる?どのくらい?」「100%さ!」「100%ってどのくらい?」「このくらいかな!」といって手を広げてみる。それでもたりないから、もっともっとと大きく何度も手を広げてみせる。すると、「わかんないくらい好きなんだね!」と返事が返ってくる。子どもがそうだから価値というのは、僕が考えるに量とイメージなんだと思う。「ハワイのリゾートホテルに1ヶ月間遊べる金額」といった方が、価値がわかるというもんだ。

カネに振り回されているのは、我が家だけではないと思うのだが、人間が発明したものに振り回されるというのも何だかおかしな話だ。道具に使われている人間という感じだ。そういえばコンピューターも便利な道具だが、実はそのコンピューターに翻弄されているのが現代の社会かも知れない。一度でいいから、おカネの方を振り回してみたい欲望に駆られるのだが、今のままだと一生振り回されて終わってしまいそうだ!子どもにはそうあって欲しくはないと思うのだが、たぶん先祖もそうだっただろうからあきらめるしかないか?

占い一言居士:
相性がいいとか悪いとかいうのは、どうも相手としっかりと四つになって取り組めるかどうかということが多い。用は肩すかしを食うような相手ではないということだ。もう一つの要素は、自分が必ず勝てるとか、優位に立てるとかいうように、自分の主体性が発揮できるかという判断が働いていることになる。でも、本当の相性は相手にもプラスになっていなければならない。相性占いはそういう相互の関係が作れなければ意味がない。

テーマ:日記 - ジャンル:日記

格言ー人水を飲んで冷暖自知す
格言ー人水を飲んで冷暖自知す
---無門慧開(中国南宋の僧)---

無門慧開は中国宋代にあって無門関という公案集を編集した人です。禅宗ではよく使われるテキストであるらしい。よくいう禅問答である。これなど一般人からすれば何が何だか言葉遊びをしているような気がしないでもないのだが、悟りというものはそういうところを越えているらしい。悟りとは”仏性”に気づくことをいうのであるが、それは知識ではない。知恵でもない。悟りはロゴスで表現することができないからこそ、茶の湯や、お花や、様々な表現が芸術的になされるようになったと思ってよい。

よく禅問答をしているような会話があるが、そういうものは聴いている方が疲れてしまう。代議士先生の国会答弁も聴き方によっては禅問答のようなものだ。国民には難解でしょうがない。もう少しわかりやすくして欲しいものである。わかりやすくと言うことと、実は相手がわかるということは別のものなのだ。そこに落とし穴がある。書き手は相手にわかるように一生懸命優しい表現を使って書いているのだが、それで相手に伝達しているかどうかは疑問なのだ。

実は禅問答というのはとても面白いものなのだ。できれば、学校でも取り入れて欲しいくらいだ。我が家の長男が言っていた。「悪い先生がいい先生だ」。どういうことかというと、優しくわかりやすく教えてくれる先生よりは、わからん先生の方が自分で勉強するから学習がよくできるということなのだそうだ。なかなか一理ある答えだと思う。わかるということは覚ということでもある。それは自分で考えるからなのだ。最近はマニュアルばやりで、自分で考えることをしなくなった。そこが一番の問題なのかも知れない。

「犬に仏性はあるか?」こういう問題が出たとする。さてこれをどのように解釈して答えを出すかということである。前提に、仏の教えではすべてのものに仏性はあるといっているのだ。これを一人で考えるところにみそがある。欧米ではこういう問題が出るとディベートをして、様々な答えを見つけ出そうとする。そこが東洋との違いなのかも知れないが、一人で思惟するというのは、人間的な心の世界を大きく成長させるのではないかと思う。もっと禅問答をした方が今の世の中のためになるような気がするのだが?

占い一言居士:
改名というのは、ある意味で自分が甦ることを意味する。それまでの自分が”死”であれば、そこから”生”へと転換することになるのだ。だから、”新しく生まれる”ということになる。死から生への転換、そこには人間の転生したいという希望が込められている。改名は転生を可能にしたのだ。

赤ちゃんの命名・改名・相性占い・姓名判断はメール鑑定の「天使の占い」

テーマ:日記 - ジャンル:日記





上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。