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健康・美容・ビジネス思いのまま日記
健康情報、美容情報、アフィリエイト、ビジネス情報など思いのままを日記にしました。
プロフィール

遠山快空

Author:遠山快空
1952年生まれの辰年、「社名 社長占い」サティソフト」「コーチング夢幸房」などのサイトを運営中です。インターネットは様々な可能性を持っているので、これからもアイデアをどんどん出して挑戦していくつもりです。

情報を発信することは、情報を受けることと同じくらいに大切なことと想います。小さな交流でもそれがいつか大きな交流につながると思っています。
だから小さな交流を大切にしようと思います。

そんな情報を集めていると、すごいものにぶち当たりました。
2011年の10月に日本に始めて入ってきたインターネットビジネスのトークフュージョンというのがあります。なんといっても3分で収入が入るという、インスタントペイのシステムを持っているのです。「え!今までにないビジネス」
「しかも、まだ日本に入ってきて間がない!」
これはチャンスですよ! そう思った方は以下のURLをクリック。ここでトークフュージョンのいろいろなことがわかります。
ここで、登録もできますよ。今がチャンス!

http://www.yo-in.net/future/future.html


現在四つのサイトを運営中

★「天使の占い」http://www.yo-in.com/
★「コーチング夢幸房」http://www.kakei-shi.net/
★「社名 社長占い」http://www.syamei.net/
★SEO対策とセミナーの「サティソフト」http://www.satieweb.net/

趣味は無趣味というのは、どうかと思うので学生時代は剣道。
水泳は平泳ぎしかできません。
社会に出てからは、射撃に懲りました。エアーピストルの選手でもありました。僕の先生は、富山国体で優勝した方です。
2011年の11月末にタイのプーケットに行って、実際にピストルを撃ってきました。
やっぱり本物は緊張しました。でも、射撃場の人にリップサービスかも知れませんが、プロ級と褒められたのが単純に嬉しかった。



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格言-「見よ、おとめがみごもって男の子を産むであろう。その名はインマヌエルと呼ばれるであろう」。これは「神われらと共にいます」という意味である。
格言-「見よ、おとめがみごもって男の子を産むであろう。その名はインマヌエルと呼ばれるであろう」。これは「神われらと共にいます」という意味である。
---マタイ1章23節(聖書)---

言うまでもなくこれはイエスキリストの誕生を預言した聖書の言葉である。現代では信じられないことであるが、マリヤは主によって身ごもり、許婚のヨセフと結婚してイエスを産んだとある。「しかし、子が生れるまでは、彼女を知ることはなかった。そして、その子をイエスと名づけた」とあるように、マリヤは処女で懐妊したのだそうだ。

何でこんなことを書くかというと、この時より歴史が大きく転換しだしたからである。ヨーロッパの歴史はこのイエスの誕生を抜きにしては語ることのできない大きな影響を、このたった一人の青年が引き起こしたのである。わずか33才にして、またユダヤで活躍したのはわずか3年間という短い期間であったにもかかわらず、世界史はキリスト教を抜きにしては理解できないからである。

ダビンチコードが巷で話題になり、イエスキリストの子どもがいるのではないかという説がまことしやかにささやかれ出した。イエスには隠された秘密があまりにも多くあると思う。12才で宮に現れ、大人達にその博識を現した話が残っているが、イエスの30才までの足取りは全く不明なのだ。別の説によれば東洋に足を伸ばしたのではとも言われている。どちらにしても、この名もなき大工の青年が、わずか3年でローマ帝国のユダヤ総督府まで巻き込んだ大騒動に発展するとは、いったい誰が想像したであろうか?

有名な山上の垂訓は、僕が思うに多分イエス自身のことを物語っているのではないかと思っている。
「こころの貧しい人たちは、さいわいである、天国は彼らのものである。 悲しんでいる人たちは、さいわいである、彼らは慰められるであろう。 柔和な人たちは、さいわいである、彼らは地を受けつぐであろう。 義に飢えかわいている人たちは、さいわいである、彼らは飽き足りるようになるであろう。 あわれみ深い人たちは、さいわいである、彼らはあわれみを受けるであろう。 心の清い人たちは、さいわいである、彼らは神を見るであろう。
平和をつくり出す人たちは、さいわいである、彼らは神の子と呼ばれるであろう。 義のために迫害されてきた人たちは、さいわいである、天国は彼らのものである。 わたしのために人々があなたがたをののしり、また迫害し、あなたがたに対し偽って様々の悪口を言う時には、あなたがたは、さいわいである。 喜び、よろこべ、天においてあなたがたの受ける報いは大きい。あなたがたより前の預言者たちも、同じように迫害されたのである」
イエス自身がこのような境遇にあったのだろう!また多くの民衆もこれと似た境遇をもっていたのだろう。だから、多くの民衆が共感したのだと思う。
イエスの活動は当時の政治状況を無視しては語ることはできない。ひとりの天才は歴史を変えることができるのだ。現代にそういう人は現れないのだろうか?

占い一言居士:
命名というのは、この地上でも、また先祖からも承認されなければならない性質のものかも知れない。何故ならば、その子どもは今生きている両親だけではなく、先祖とそして未来をも代表しているからだ。そういう3世代を意識しての命名であることが本来の姿ではないかと思う。
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テーマ:日記 - ジャンル:日記

格言ー要は、自意識過剰っていうことである。
格言ー要は、自意識過剰っていうことである。
---島村麻里(フリーライター)---

プレッシャーをどうやってはねのけるか?日本人はこのプレッシャーに弱いとよくいわれる。個人を主張するよりも集団の中で生きることを強いられてきた歴史があるから、どうしても個人の戦いになると、自意識過剰というようなことになりやすいのかも知れない。かく言う僕もその一人で、変なところで自意識過剰になるのである。

人によってどういうシチュエーションで自意識過剰になるか?どういうところでプレッシャーに弱いかなど様々であるが、これを克服するのは結構骨が折れることだと思う!「地でいけばいいじゃない!」なんて励まされるのだが、その自分の地って何なのか?その辺でもう分からなくなってしまう。人前で話すときは「人の字を書いて飲み込む」なんてお呪いをやればいいなどといわれたりもした。まあ一種の精神安定剤みたいなものだ。

自意識過剰というのは、これを静めようとすればかえって自意識を刺激してしまう。そういうところではヒットラーは天才的ではあった。自意識を極度に高めてあの熱狂的な叫びを大衆に向け、虜にしてしまった。そのヒットラーは「大衆は女性である」という名言を吐いている。どんなに多くの人がいようとも一人の女性に語るように、一人の女性を感動させれば、それでいいということなのだろう!でもその女性と話すのに、手に汗を握っているようでは自意識というプレッシャーからは解放されないのだ。

やっぱり、プレッシャーとはなかなか縁は切れないようだ。それでもこれも慣れだろうから、結局は場数を踏むというのが一番なのかも知れない。どんなに大女優でも初舞台というのは緊張するのだそうから、自分が何かでプレッシャーを感じるのは普通のことだと思えばいい。それよりも、うまく何かをやろうとするよりも、進んで自分から3枚目になる道を選べば良いではないか?進んで下手にやろうという主体性?を持てば、いいプレッシャーになるかも知れない。

占い一言居士:
占い全般を見ると、どこかにお呪い的な要素がある。実は占いというのはそういう使い方をしても意味がないのだ。何故ならば、占いは情報だからだ。ひとつの可能性のある予測と考えた方がいい。だから占ってみて自分の行動の材料とするのが正解だ。

赤ちゃんの命名・改名・相性占い・姓名判断はメール鑑定の「天使の占い」

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格言ー世の中は悪に滅びず愚に滅ぶ
格言ー世の中は悪に滅びず愚に滅ぶ
---石田沙緒(ファイナンシャルプランナー)---

お金のことについて言えば、金持ちが勝ち組で金を持たない人は負け組かなどと極論しがちである。そんなことはない。金持ちであるかないか以上のことがある。ソロモンの箴言30章に次のような言葉がある「この地上に小さいけれども非常に賢いものが四つある。ありは力のない種類だが、その食料を夏のうちに備える。岩ダヌキは強くない種類だが、その家を岩につくる。イナゴは王がないけれども、皆隊を組んで出で立つ。ヤモリは手で捕まえられるが、王の宮殿におる。」

同じく8章には「あなた方は銀を受けるよりも、私の教えを受けよ、精金よりも、むしろ知恵を得よ。知恵は宝石にまさり、あなた方の望むすべてのものは、これと比べるにたりない。知恵であるわたしは悟りをすみかとし、知識と慎みを持つ。主を恐れることは悪を憎むことである。」とある。また、16章には「知恵はこれを持つものに命の泉となる、しかし、愚かさは愚かな者の受ける懲らしめである。」「愚かな者の口は自分の滅びとなり、その唇は自分を捉える罠となる」

ソロモンの箴言がいわんとするところは、この世の悪も実は「悪なる知恵」であるということなのだ。だから、悪にまさる知恵を持たなければ、結局は悪に負けて滅びに至るぞという警告を発しているのである。だから悪にまさる知恵を持たない者は愚かな者ということになってしまうのである。その愚かさが結局はすべてを滅ぼすぞと言っている。「すべての勤労には利益がある、しかし口先だけの言葉は貧乏を来たらせるだけだ。知恵ある者の冠はその知恵である。愚かな者の花の冠はただ愚かさである。」

ソロモンの箴言では、知恵を持つ者は富と誉と命とであるといっている。「賢いものは災いを見て自ら避け、思慮のない者は進んでいって、罰を受ける。謙遜と主を恐れることとの報いは、富と誉と命である。」「富める者は貧しき者を治め、借りる者は貸す人の奴隷となる。」また、たとい金持ちがいても、「貧しい者をしえたげて自分の富を増そうとする者と、富める者に与えるものとは、ついに必ず貧しくなる。」とある。だから、世の中の貸金業者は必ずその報いを受けることになるはずだ。そして、我々一般ピープルはもっと知恵を持たなければならないと言うことだ。

占い一言居士:
相性占いをもっとうまく利用すればいいのになあと思う。世の中こういう事をうまく利用すれば、いらぬ努力をしないでちゃんとした人間関係を楽しく築けるのにと思うのである。妻の一言が夫の心を凍らせてしまうと言うことだってあるのだ。相性占いという情報をうまく活用するのも知恵というものではないか?

赤ちゃんの命名・改名・相性占い・姓名判断はメール鑑定の「天使の占い」

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格言ー割り切れるところは割り切るようにしよう!
格言ー割り切れるところは割り切るようにしよう!
---齋藤茂太(精神科医師)---

人生はルート2である。所詮この世は割り切れない世界なのである。そのように達観してみたいのだが、無明煩悩を持った凡夫には、なかなか執着心がとれない。世の中の矛盾に楯突いてもどうにもならないわけだから、というよりは、矛盾と捉えることの方が滑稽なのかも知れない。

これだけたくさんの人が集まり、組織を作って運営をしていれば、それで整合性がとれるはずがないではないか?とは思いつつも、何となく心が納得しない。その辺に人間の限界がある。そういうことが分かっていてもわからないのだということだ。だから、潤滑油が必要なのだ。矛盾による摩擦熱を少しでも和らげる潤滑油は社会や自分自身にとっては必要不可欠だよね!

こういう課題は、ちょうど対処療法的な西洋医学と、人間全体を見ようとする東洋医学のような違いだ。矛盾を捕まえては片っ端から解決していこうとすると、次から次へと新たなる課題が出現する。人間全体を見ようとすれば、あまりにも緩慢すぎて問題の解決にならない。こういう整合性をちゃんとできるのかということなのだろう!まあ、最後はどっかで妥協するしかないのですが、東洋と西洋を融合させる潤滑的な医学が出てこないかなと思ってしまいます。

いろんなところでこの割り切りという問題は出てくるようになる。いつも自分ばかりが損をしているような人は、どこかで割り切れない思いがついてまわっていると思うのだが、人の良い僕は、「これもあの世での善意貯金」などと、ありそうもない輪廻転生説を信じて割り切るという整合性を持たせようとしているのです。現代人は嫌ですね!昔のように自然や超自然的な力を恐れなくなった分だけ、かえって割り切れる材料を失ってしまったみたいです。もう一度雷様を神様の怒りと考えられるようにならないかな?

占い一言居士:
改名というのは、自分の身分を隠すとか、いろいろと過去を知られたくないとかでつける人もいる。しかし、それらは本人が知ってか知らずか結局は改名した名前の運勢の翻弄されることになるのだ。だから、動機を悪く持って改名したものは、その報いを受けるようになるのは当然なのだ。

赤ちゃんの命名・改名・相性占い・姓名判断はメール鑑定の「天使の占い」

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格言ーともかく感動できるものを見つけることです。
格言ーともかく感動できるものを見つけることです。
---新井満(作家)---

人間は感動を忘れてしまっては人間らしくなくなると僕は思う。それで何に感動するかは人それぞれだから、自分にしか分からない世界があって良いはずだ。じゃあ、感動を共有するってどういうことかというと、互いに共通の体験を持っているとか、趣味が同じであったとか、共通の目的を持っているとか?いろいろな要素が絡まって、同じものを見て同じことを聞いてそれぞれが感動するのである。

感動するということと同情はどうも違うように思う。かわいそうだからもらい泣きする。ということもあるが、それはその人の境遇に同情しているのであって感動ではない。だから、同情はすぐさめる。感動というのは「感情が沸点に達して爆発するような世界」と考えた方がいい。自分の感情が刺激されて、その感情が自分の内面の世界と共有する何かと融合することで、自分を押さえられなくなるような状態が出現することをいうのだ。

痩せてもかれても僕は日本人である。別に日本国籍を持っているからということではない。自分の生まれ育った郷土があり、国土があり、競争する友がいて、家族がいて、そして自分の先祖がいて歴史がある。たぶん自分を愛することのできない人間は自分の住む国も愛することはできないだろう!僕の友人にアメリカ国籍を持つ人がいる。でも彼は日本人そのものだ。日本語しかできないし、ずーと日本で生まれ育ったのだから当然だ。その彼はアメリカ人だけれども、たぶん誰よりも日本の国を愛している。スポーツを観戦しても、日本人として選手の活躍に感動する。日本人を共有しているからだ。

自分が何に感動するかを知っている人は、幸せな人だと思う。最近感動したことってあるのだろうか?そう考える前に、自分が感動を与えられる側の人間かどうかということが問題なのだ。そういう生き方をしているかが問われる。だから、同情されるような生き方をしてはいけないのだ。同情されないような生き方をしていけば、どこかで人を感動させることができるかも知れない。感動というのは、自分とのコミュニケーション、人とのコミュニケーションなのではないかと思う。

占い一言居士:
命名というのは、不思議なもので自分で一生懸命考えると、どういうわけか自分の持つ世界しか名前に反映しなくなる。具体的には、親子関係が悪かった過去を持つと、自分の子供との関係もよくなくなるような名前ばかりが思いつくのだ。だから、昔の人はそういうことをよく知っていて、自分よりすぐれた人や命名のプロにしてもらったものだ。

赤ちゃんの命名・改名・相性占い・姓名判断はメール鑑定の「天使の占い」

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格言ー人を喰う犬をば養い飼ふべからず
格言ー人を喰う犬をば養い飼ふべからず
---吉田兼好(歌人・随筆家)---

ペットというのは、「飼い馴らされた動物」ということがいえる。だから、飼い馴らされなかった野生も時には存在するということだ。ペットというのは愛玩動物というように捉えられているが、昔は様々な意味があった。毛皮をとったり、肉体そのものを利用するという家畜化されたものから、狩猟や使役に使う目的でペット化されたものもある。犬と猫というのは、面白い変遷をたどっている。江戸時代は、犬は放し飼いであり野良犬との区別がつきにくかった。反対に猫はひもでつながれて飼われていたのだ。この辺に当時の考え方が表れている。

日本人と西洋人ではペットに対する考え方が大きく違うようだ。その考え方の根底には聖書的な思考がある。神と悪魔というように大きく善悪にわけて考える思考は動物にも及び、家畜と野獣というようにわけられるようになった。だからペットは人間側、野獣は反人間側というように峻別してしまうのだ。だからペットはどこまでも人間に近づくようになった。それに人間が自然を支配するのは、神より与えられた権限という考え方から、動物の改良が盛んに行われるようになった。ところが日本人は、西洋のように思想的な背景が強くないから、どうしても原型に近い形を好むようになった。

ペットは飼い主によく似るといわれている。顔つきや態度である。そういわれてよく散歩をしているペットと主人を見比べるのだが、なるほどというようなことを感じるときもある。人に優しい人が飼い主だとやっぱりワンコも優しいようだ。雨の日も雪の日も散歩に出ている人を見ると、よほどワンコが好きなんだなと思うのだが、最近はスコップと袋を持っている格好だけしている人がいる。この辺では雪が解けて春になると道ばたにワンコのうんこがいっぱい顔を出すということになる。ある番組で「ちあき以下」なんていわれているが、ワンコ以下の飼い主が多いことになる。

ペットは様々な歴史をたどってきているが、人間にとってはもうなくてはならない身近な存在になってしまっている。これまではペットは人間の役に立つようにいろいろと改良されたりしてきているが、それは人間の嗜好によるところが多かった。しかし、今やペットは人間にとって心のケアー、心のパートナーになっているようなのだ。それだけ、傷つく人間が多いことになる。裏切られて信じられなくなってしまう人間社会に対して、ペットは愛情をかけた分だけ愛情を返してくれるのだ。人間のように裏切ることはしないからだ。世の中が乱れているときに、神様はペットを通して人の心をいやしてくれるようにプレゼントしてくれたのかも知れない。

占い一言居士:
占いの中には、水晶玉を使ったり、カードを使ったり、昔ながらの筮竹を使ったりといろいろだ。どちらにしてもその中から何かをつかみ取って、判断するのだろうが、占われる人には分からないことが多すぎる。そういわれればそのような気がする程度だ。現代の占いは、占ってもらう人がちゃんと分かるような言葉で根拠を示さないと占いの価値がなくなってしまう。

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格言ー本当のノウハウは、よいアイデアの中にあるのではなく、実行の中にある。
格言ー本当のノウハウは、よいアイデアの中にあるのではなく、実行の中にある。
---木名瀬武(アメリカン・エキスプレス)---

アイデアというのも、机上で論議して出てきたりするというよりも、あれやこれややってくる中で、こうやればいいとかああやればいいとかというものが浮かんでくるのであって、最初からアイデアとしてあるものではないと思う。生きたアイデアというのは、何かやっている中で突然にというよりは、それが流れなんだろうけど、浮かんでくるものなのだろう!

だから、ふと浮かんだアイデアというのは、暖める必要もあるけど、先ずはすぐに実行にうつしてみることにしている。そうすると、本当に使えるか必要なのかというような判断ができるようになる。物事が成り立つにはそういう小さなことの積み重ねになるような気がする。学習もそうだ。学生時代によく徹夜をして一夜漬けをしたのだが、そういう勉強方法は結局身についていないことが多い。好きなことをコツコツと研究して多様なことは、今でもちゃんと覚えていて結構役に立つ。

人間ていうのはすごいなと思うのだが、100年くらい前に考えたことを現代では何とか実現してしまっている。だから、僕らがどらえもんのアニメを見て、「どこでもドア」なんてあったらすごいねと思っていることが、100年後には実現しているかも知れないのだ。スモールライトやビッグライトだって実現する可能性はあるかも知れない。無から有は生じないのだけど、アイデアというイメージは無形であっても無ではない。だから時が経て様々なことが発見されれば、無形なものは有形になる可能性があるのだ。

車やテレビだって様々なノウハウの集合体である。小さな雫だって集まれば大河を成すように、小さなノウハウが大きなものを創り出すということになる。それはやっぱり実際に携わり、動かしたり使用してみて、いろいろなことが分かってくる。アイデアというのは、そういう現場の中で生まれてくるものだから、現場感覚がちゃんとないと、何も生まれないことになる。しかし、そのアイデアは目的がないと生まれないというのも本当のところだ。だからアイデアはノウハウを探す前に、自分がちゃんと目的を持っているかどうかということを自分に問うてみることだ。

占い一言居士:
相性占いの中で、何でこの人が結婚したのだろう!という人がいる。そういうのを”ご縁”ということで片付けているのだが、実際はその時に、そのシチュエーションで、その人と自分の数字的な内容が一部分ぴったりと合ったということなのだ。だから時がたつとぴったりと合ったその感覚がだんだんなくなってくる。本当は結婚してから合うことを考える方が賢いのだ。

赤ちゃんの命名・改名・相性占い・姓名判断はメール鑑定の「天使の占い」
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格言ー夢の実現は面倒くさいことです。楽な夢はないのです。
格言ー夢の実現は面倒くさいことです。楽な夢はないのです。
---中谷彰宏(作家)---

自己啓発セミナーなんかにいくと、必ず夢は実現できるのです。などとその気にさせるようなプログラムを一生懸命学びます。それでも夢を実現できる人はほんの一握りの人たちではないでしょうか?夢というのは実現できる人が少ないから「夢」なのです。実現してしまっては夢ではないのです。実現できないから「夢」として残るのです。

まあ、そう書くと「夢も希望もない」ということになりますが、最近は夢が小さくなりすぎている。自己実現などとさもわかったようなことをいって、何かに挑戦させようとするのだろうが、すぐに実現できるようなことは別に自己啓発しなくてもいつの日か実現できるものなのだ。最近はほらを吹く若者が少なくなってしまった。ほとんど実現できそうもないような大きな「夢」がほらであるとするならば、若者にそういう無謀さがなくなってしまうのは、国の活力がなくなるのと同じことだ。

僕らは70年安保でイデオロギー闘争に明け暮れた。生産手段を持たない学生でも国の将来を考えて革命闘争に投入するものもいた。将来が見えていたわけではない。それでももっと”理想”があるはずだと議論はいつも沸騰した。世の中が定まる前にはそういう無謀さも大いなるエネルギーになる。現代は世の中が定まっているかと思うと、そうではない。定まっていそうなのは日本だけだ。世界という器はまだ定まってなんかいない。だからもっと世界という器で開拓する道を選ぶべきだ。小さく固まってはしょうがないではないか?と僕は思うのだが・・・。

自分の息子には、「一生懸命ご学習して!」などと一応は言っているのだが、本当のところは、どっちでも良いから自分の納得する道を行けばいいと思っているのだ。その結果は自分に跳ね返ってくるのだが、ぶつかってみて分かることは沢山ある。自分自身が思いのままに生きてきたのに、息子達に「人生はこうあるべきだ」などという資格はないと思っている。最初から真ん中にいては「夢」なんて分からなくなる。右に大きくふれれば、左が大きな夢になるし、左にぶれれば右が大きな夢になる。振り子を大きくすれば「夢」もまた大きくなるに違いない。

占い一言居士:
改名相談したい人の気持ちはよくわかる。自分の名前に疑問を持つというのは当然あるのだ。自分という人間のあり方みたいなものが名前の中に隠されているのではと考えるのは人情だ。昔の人は、名前のいわれを大切にした。尊敬する人から一字をもらったりした。名前の中には隠れた自分のルーツがあるのだ。

赤ちゃんの命名・改名・相性占い・姓名判断はメール鑑定の「天使の占い」

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格言ー悔しければそれをバネにすりゃ良いんだ。
格言ー悔しければそれをバネにすりゃ良いんだ。
---平山夢明(作家)---

ガッツのある人からはこういう言葉をよく聞く。元気な人はこういう励ましの言葉でも、処方箋としてはそれなりに効果が出るだろう!でも病気の人にはこういう言葉は、かえってマイナスになる場合もある。悔しいけど、そんなバネになるような力は持ち合わせていないとか、すぐにおれそうなバネだとか、結局後ろ向きの言葉が多く出ることになる。悔しいことからどうやって立ち直るか?複雑な現代では難しい問題だ。

赤提灯や居酒屋がいつの世でも繁盛するのは、分かるような気がする。こういう場でもない限り、自由に気ままに自分のいいたいことをいえるというチャンスはないからだ。それにお酒が少しはいると、その分だけ理性より感情が優先するようになる。日頃、理性で押さえつけていた感情は、こういうときにこそ発散の場所だと暴れることになる。こうなると感情が主人で理性は僕になる。それで人間のバランスがとれるようになると、悔しさもバネにしようではないかという気になるから、居酒屋の力はたいしたものだ。

その居酒屋も、サラリーマンの懐具合によって相当影響を受ける。だから、メニューに力を入れたり、珍しいものを出したり、別なサービスメニューを用意したりと顧客獲得の努力は大変だ。でも居酒屋に行くのは、美味しいものを食べに行くのが主流ではない。もちろん、美味しいものがあることは前提としてはあるが、居酒屋は心の垢を落としに行くのがたぶん真の目的だ。だから金額でもない。メニューの豊富さでもない。心の垢を落としてくれるような粋な計らいがあればいいということになる。

企業戦士に多大なる貢献をする居酒屋や赤提灯なのであるが、その持っている特性からこういう店が大きな店でチェーン店であれば、反対にその特性が薄められてしまいかねない。カウンターしかない小さな見せでも店主の人間性や人格がその店の個性を決めていく。そういうところにこそ止まり木を求める人も多いはずだ。人は自分の心を引き出してくれる人や、自分の心をオープンにできる雰囲気さえあれば、そこに集まるのだ。日本が元気になるには、そういう心を解放してくれる場所が元気になることだと思う。バネの力は意外に居酒屋に秘密があるかも?

占い一言居士:
命名や改名で必要なことは、どんな人になりたいか?どんなことをやりたいか?などと言うことをはっきりさせなければならない。とにかく具体性がなくてもよい、しっかりとしたイメージを持つことが良い。あれもこれも何でも運勢がよくなればなどという欲張りは、結局は何も得られないまま終わってしまう。運命式は人生に何かを与えるが、運営する人がよこしまであれば、その人の人生を奪うかも知れない。

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格言ー啓蒙とは、人間が自分の未成年状態から抜け出ることである。
格言ー啓蒙とは、人間が自分の未成年状態から抜け出ることである。
---カント(ドイツの哲学者)---

啓蒙というのは、「人々に正しい知識を与え、合理的な考え方をするように教え導くこと」とある。で、何が正しくて何が合理的なのかを考えると、ますます啓蒙すると言うことが分からなくなってくる。誰も合理的な考えには反対はしないだろうと思う。合理化反対を唱えたのは昔の労働組合くらいのものだ。今は合理化はリストラに変わってしまっている。そのリストラも事業の再構築という意味から、ただの首切りというように意味合いも変わってしまっている。

難しいのは自分で自分を啓蒙するということだ。果たして自分が啓蒙されているかどうかも分からないのに、啓蒙を叫んでも何だかむなしいものだ。新しい考え方をしっかりと受け入れられる素地を自分が持っているかどうかの方が、もっと大切なはずだ。変化の激しい時代に啓蒙などと叫んでも、その間に変わる時代の要請に自分が応えられなければ、どんどん落ちていく。そんな時代が今ということだろう!だから皆自分の技術を磨くことに熱心になる。

マクドナルドは、合理化的なアメリカ流の考え方の先端を行っていた。すべてがマニュアル化されて、そのマニュアルに沿って行動すればいいわけだし、それ以上のことは求められていないのだ。余分なことをすれば、かえって迷惑になる。しかし、本当にそうだろうか?人が発展し、新しい技術を開発する創造力は、マニュアルで磨かれるはずはない。昔の日本の徒弟制度は面白い側面を持っている。親方は、弟子に技術は教えない。技術は盗むものだという。ここには人間の主体性と、創造力を啓発するという大きなシステムが隠されているのだ。併せて住み込みでは様々な生活のことまで弟子に負担がかかる。そこで人間の人格が磨かれるということだ。

今の現代日本の技術の最先端は、実は大手企業にあるのではなく、小さな町工場にあるのだ。そこでは昔ながらの手作業で人間でしかできないものをつくっている。人間の知恵と創造力の固まりだ。現代の技術は封建社会から培ってきた職人の技術を参考にしているものが少なくない。本当に必要な啓蒙とは、その人それぞれに必要な新しい考え方や、内容を自分で発見できるようにしてあげるかどうかということにある。イエスかノーという結論を求める指導では、本当にその人は啓蒙されないだろう!もっと人間を見つめることが大切なような気がする。そろそろイエス・ノーの学校教育はやめにしてもらいたい。

占い一言居士:
相性占いの世界では、単なる占いの運命式だけでは鑑定することはほとんどできないと思う。もし、それだけで鑑定をしている人がいれば、それはちょっと問題だ。命名も相性もコンピューターで何でも占いをすることが流行っているが、それで判断することは馬鹿げている。複雑な人間の心理をプログラムできるはずがないではないか!運命式をベースにした心理的な解析ができないと、相手との相対的なつながりを求める相性占いは難しいはずだ。

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格言ーいくつかの偶然が重なることで、それは偶然ではなくなる。
格言ーいくつかの偶然が重なることで、それは偶然ではなくなる。
---神崎京介(作家)---

偶然か必然か、それとも仕組まれた罠か?まあ、世の中偶然というような出来事というのは結構ある。たまたま居酒屋で隣り合わせになったら、大学が同じだった。帰る方向が同じだった。なんてことが重なると急に親しくなる。それが男女の出会いだったりすると、「運命の糸かも?」などと考えてしまう。
何故かというと、人間というのは元々運命なんて?と信じてないから、偶然が重なるということ自体が異常と思えてしまうのだ。そこで「運命の糸?」ということになる。

中には「運命の糸」を操るような奴らもいる。政府系の機関の人間やら、その筋の悪やら、ビジネス界では自分の目的を果たすために手段を選ばない奴らだ。人間というのは無菌培養シャーレで育つと、そういうばい菌に対する抗体を持つことができなくなってしまう。そうすると、対抗手段を持たないぼんぼんはすぐに手玉にとられる。だから社会という大きなシャーレの中には、様々なばい菌も存在するから、それらのばい菌対策も勉強しなければならないのだ。それが若者が社会の窓をのぞくということになる。そういう学習がないと、いつの間にやら「運命の糸」が絡まってほどけなくなってしまう。

男性ならば女性の問題は気をつけた方がいい。女性ならば男性の問題は気をつけた方がいい。そんなことは誰いわれるまでもないと皆が思っているのだが、実際社会でおこる問題は結局は男女問題とお金の問題になってくるのだ。昔、幼いころ母親に糸巻きを手伝わされた。これが嫌で嫌で仕方がなかったのは記憶に今でも残っているから相当のものだったろう!で、結局熱が入らないので、よそ見をしていては糸を絡ませてしまう。すると母親から怒られる。こちらはますます嫌になる。絡まった糸はそれをほぐすのに大変なのだ。

チャンスというのは、いつやって来るか分からないから常に準備が必要だ。しかし、奇遇だねと偶然を装ってやって来るものには気をつけた方がいい!チャンスは自分の目的と方向が一致しているものだ。もちろん、偶然を装ってやって来るものも同じものがある。しかし、ひとつ違うものがある。それは動機だ。相手の動機が何かをしっかりと探ることが必要だ。よそ見をしていると「運命の糸」が絡まってしまうことになる。糸ならぬ意図を見抜くにはいつも動機は何かを探っておくことが必要だ。偶然が重なって「運命のいたずら」では済まなくなることがある。

占い一言居士:
改名というのは「開命」でもある。名は体を表すというが、その通りなのである。名前の持つ運命式は、実はその名前の持つ運命式に相当する体を形成するようになる。だから、改名した人は顔つきが変わりはじめて明るくなったり、自信を感じさせるようになったりするのだ。そこが開命の不思議なところだ。

赤ちゃんの命名・改名・相性占い・姓名判断はメール鑑定の「天使の占い」

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格言ー独立したくとも、駆け出しは組織に所属する方が有利。
格言ー独立したくとも、駆け出しは組織に所属する方が有利。
---小田光康(早稲田大学講師)---

個人と組織という問題はいつでもついてまわる問題だ。今更始まったことではなく、戦国時代からそういう問題はある。どういう主人につけば自分が出世できるかというのが最大の関心事だから、優秀なサムライは主人を選んだ。主人になる方も有能なサムライを抱えていることが自分の目的を早く達成できるから、そういう人は高禄で召し抱えた。一番良い例は藤堂高虎だ。彼の言葉に「武士は七度主君を変えねば武士とは言えぬ」などと言ったほど、主君を変えてそのたびに出世している。

組織というのは、集団で目的に向かって行動する。必然的に秩序がしっかりしていて、上下関係が厳しい。能力のあるものが出世をし、能力の劣るものは脱落していく。組織における能力というのがある。それは個人の持つスキルということではなく、リーダーとしての力である。それは個人の持つ技能というものではなく集団を統括し、目的に向かって円滑に動かすためという異能である。これは誰も規定しようがないので、あえて異能とする。組織というものは、全く勉強することが山ほどある。無駄なようなことも勉強だ。人間を研究する良い場所でもある。

個人が一番勉強しなければならないことは人生の中で、男性であれば女性であることは間違いない。女性を勉強しなければ、たぶん世の中に出ても出世することはできないだろう!そういう意味では、現代社会は優秀な女性とそうでない女性の落差がますます大きくなってきた。これは傾城の証明である。女性が分からないと、男は天下を維持することはできなくなる。世の中の半分は女性なのであるからその勢力は無視できるはずがない。その女性の家庭の中で教育ができなくなってきている。戦後の価値観崩壊と、米軍の押しつけ民主主義が家庭の秩序を崩壊しただけで野放しにしてしまった。家庭像を見失った人たちの姿が現代だ。同様に女性も男性を見る目を失ってしまったのは、戦後の形なき家庭のせいだろう!

個人と組織の問題は、いつの時代でもある問題だが、乱世になればなるほど個人の能力が問われるようになることは間違いない。そういう意味では今は乱世に近いかも知れない。既存の社会形態が崩れ、新しい秩序を模索しているといえる。そういう中で男の働き場所、女の働き場所、家庭の存在意味、教育のあり方、すべてが問われようとしている。だから今社会は混乱している。そういうときこそチャンスでもある。個人の力が問われるのだ。社会の秩序がいろいろなところから変わろうとしている。そこでの生き方はどんどん格差が出てくることになる。藤堂高虎のように、もう一度自分で主君を選ぶサムライを学んでみる必要があるではないか?

占い一言居士:
命名することは、ひとつのプログラムを組むことと同じなのだ。しかも非常に自由性のあるプログラムだ。何故かというと、そのプログラムを運用するのは当の本人なのだから!どんなに優れたプログラムでも、それを使う人が間違えば、そのプログラムの価値はなくなってしまう。自由性があるというのは、自分の命名運命式の使い方次第で、その出力を大きくバージョンアップできるからなのだ。

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格言ー子供のうちは、どんな人でも、地動説ではなく、天動説のような考え方をしている。
格言ー子供のうちは、どんな人でも、地動説ではなく、天動説のような考え方をしている。
---吉野源三郎(ジャーナリスト)---

天動説が正しいのか地動説が正しいのか?ガリレオの宗教裁判ではあるまいし、今更こんな話を持ってきてと思われるだろうが、これは僕流にいえばどっちも正しいのである。科学を中心としてみれば地動説である。人間を中心としてみれば天動説なのである。確かに科学的には、ちゃんと検証すれば地球が太陽の周りを回っているのは、小学生でも知っているとおりである。

でも人間の生活にとって大切なのは、現象の面なのだ。それからいけば太陽は東から動いて西に向かっていき地平線や水平線の彼方に沈んでいくことになるのだ。それが人間の感覚に一番合っているし、それで人間の生活感を表すことができるのだ。科学的な事実はいつでも勉強できる。しかし、人間の生活感覚というのは、現象の面が大きく作用している。観望天気予報などもその一つである。

大人はすぐに科学的な根拠を持ち出しては検証しようとする。しかし子供は現実の現象を素直に受け入れる。どちらが素晴らしいか?どちらもであるが起こっている現象を事実としてしっかりと認識しているところは、子供の方が素直でいい。オーラの泉で、あれなどはやらせだとかあの世があるわけないとか、様々な意見が飛び交うのだが、あの世があろうがなかろうが、輪廻転生がウソか真かはどっちでもいい。そういう体験を人が感じ取っているということの方が重要なのではないか?それを外野席やプールサイダーがとやかく言う。

世にブームというものがある。その時の流行に流されるな!などといろいろな人が批評をする。ヨン様ブームなんて!暇なおばちゃん連中の血迷いごと!などと批判は誰でもできる。でも人の心の世界に何かを与えているからこそブームというものはおきるのだ。批判している奴らは、自分が与えるものがないのでやっかみ半分なのだけは確かだ。確かに一過性のブームというのはよくある。マスコミに先導されたり風聞に惑わされたりすることもある。でもビートルズは単なるブームではなかったではないか!子供のような目で現象をしっかりと見つめることが必要な真実を明らかにする。

占い一言居士:
占いというのは、パズル解きのようなところがある。運命式というその人の宇宙がどんな結びつきをしているか、どんな作用を現しているかを見つけなければならないからだ。しかしどんなに複雑のように見えても、そこにはちゃんとした人間の法則が見え隠れする。占うというのは、もつれた糸の端緒を見つけるようなものである。

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格言ーあんたに元気でいてもらわねと、おらも生きてはいけなくなっから。
格言ーあんたに元気でいてもらわねと、おらも生きてはいけなくなっから。
---山本一力(作家)---

年老いてから何を思うのかなと考えていると、何だか今の世の中がバカらしくなるときがある。お遍路さんの番組があった。弘法大師空海と同行二人、遍路の中で様々なドラマが展開する。発心の道場、修行の道場、菩薩の道場、涅槃の道場と歩く中に人の心が様々な変遷をたどる。人の一生もこのような人生ををたどれば良いのだが、自分はこの4カ所の道場のどの位置に属するのか?

中には発心だけで生を終わってしまう人もいるだろう!菩薩までたどり着く人もいるだろう!涅槃の境地を越えて仏になれる人は、皆目いないだろう!せめて菩薩の境地にでもなれればと思うが、出家者とは比べものにならぬ!というよりも、最近の仏教の力のなさににはがっかりする。母親の三回忌に出たときのことだ。型どおりの法事が行われるのだが、おじゅっさんの法話も全然ぴんと来ない。現代の世相から全く遊離してしまっている。言葉に命がないのだ。

万民を救済し、解脱に至る道を体系的に説いたのは仏教が初めてであろう!その開祖である釈尊が正法の時代五百年、像法の時代千年、末法の時代千年がくるといっている。その末法がきた後に真の救いは弥勒によってもたらされるということだ。すると釈尊誕生後すでに2500年を経ているということは、末法の時代ももう終わりを告げようとしているといえるのではないか?しかし、世の中が救われているような形跡はほとんどない。それよりも世界はますます末法の時代様相を色濃くしている。イスラム教のように同じ宗派内でテロまで行われている始末だ。

要するに末法とは、信じられるものも何もなくなってしまうひどい状態をいうのだが、今そういう状況が日本を覆っているような気がする。年老いて、人が最期に到達するところとは何であろうか?若いときは無限の可能性とエネルギーを持っているが、それもいつかは尽きるときが来る。最後に残るのは子供でもない。子供は世に出すものと決まっているからだ。妻か自分が最後に残るのだ。人生航路の船でいえば、退艦命令が出たときに最後に残るのは船長と通信士だ。夫婦は修行の道場で同行二人なのだ。菩薩の道場にたどり着くのか、涅槃の道場にたどり着くのか、それとも仏と結縁を結ぶのかは知らねども夫婦はいつも同行二人、いくつになっても同行二人であることを忘れないことだ。

占い一言居士:
相性占いというのは、その人の価値観が大きく影響する。何故かというと、その人の運命式は、大きな滑走路のようなものだから、どの滑走路でどういう離陸の仕方を、どのような飛行機でするのかは、自分が決めることになるからだ。それが、運命式の運用の仕方になる。滑走路に合わせた飛び方をする必要があるからだ。その辺を見ることができないと、相性は分からないことになる。

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