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健康・美容・ビジネス思いのまま日記
健康情報、美容情報、アフィリエイト、ビジネス情報など思いのままを日記にしました。
プロフィール

遠山快空

Author:遠山快空
1952年生まれの辰年、「社名 社長占い」サティソフト」「コーチング夢幸房」などのサイトを運営中です。インターネットは様々な可能性を持っているので、これからもアイデアをどんどん出して挑戦していくつもりです。

情報を発信することは、情報を受けることと同じくらいに大切なことと想います。小さな交流でもそれがいつか大きな交流につながると思っています。
だから小さな交流を大切にしようと思います。

そんな情報を集めていると、すごいものにぶち当たりました。
2011年の10月に日本に始めて入ってきたインターネットビジネスのトークフュージョンというのがあります。なんといっても3分で収入が入るという、インスタントペイのシステムを持っているのです。「え!今までにないビジネス」
「しかも、まだ日本に入ってきて間がない!」
これはチャンスですよ! そう思った方は以下のURLをクリック。ここでトークフュージョンのいろいろなことがわかります。
ここで、登録もできますよ。今がチャンス!

http://www.yo-in.net/future/future.html


現在四つのサイトを運営中

★「天使の占い」http://www.yo-in.com/
★「コーチング夢幸房」http://www.kakei-shi.net/
★「社名 社長占い」http://www.syamei.net/
★SEO対策とセミナーの「サティソフト」http://www.satieweb.net/

趣味は無趣味というのは、どうかと思うので学生時代は剣道。
水泳は平泳ぎしかできません。
社会に出てからは、射撃に懲りました。エアーピストルの選手でもありました。僕の先生は、富山国体で優勝した方です。
2011年の11月末にタイのプーケットに行って、実際にピストルを撃ってきました。
やっぱり本物は緊張しました。でも、射撃場の人にリップサービスかも知れませんが、プロ級と褒められたのが単純に嬉しかった。



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格言ー湯に入りて湯に入らざれ
格言ー湯に入りて湯に入らざれ
---瑞渓周鳳(禅僧)---

何事もほどほどにということなのだが、これが実現するとなるとなかなか難しいことになる。どうも昔から一つことにこだわる癖があって、そこから抜け出せないのである。「わかっちゃいるけどやめられない」ということなのだ。

それだから、ジュースはトマトジュースと決めたらどんなときでもトマトジュースになる。シチュエーションは関係ない。それも、必ず食卓塩を半つまみ入れるというのが自分流である。喫茶店に行けば、必ず注文するのはトマトジュース。最後には、氷を入れないでと注文する始末で、自分でもこれを止めようもないのである。

「馬鹿と天才は紙一重」と同じように、「集中と偏りも紙一重」ということが言える。一事が万事この調子での自分流であるから、健康にいいわけがない。そういうことで、肝臓もあかん。腎臓もあかん。などとなってきて、しまいには心臓もあかん。ということになってしまった。ここまで来るとさすがに考え直さざるを得なくなる。人からは「だら!」といわれるのであるが、ここまで来てやっと「偏流」を捨てて、バランスを考えるようになった。

風呂についても同じ轍を踏んでいて、半身浴がいいと思い込んでしまうと、どんなときでも半身浴ということになってしまう。湯船にしっかりとつかるのが日本流なのに、「いや半身浴がいい」などと頑を張る。これではいつも修行をして自分をいじめているようなものなのだ。楽しむということができないことになる。だから、何事もほどほどにバランスを持って楽しむことが肝要と50代の後半に入ってやっと思うようになった。偏って半生が過ぎてしまった。

占い一言居士:
命名にエピソードはつきものだ。だから、命名で家族や夫婦に一悶着あった方がいいのだ。そういう想い出は感情の中に深く残っているから、命名した子供を余計にいとおしく思えることになる。そしてそれは、その子のエピソードとして語り継がれることになる。それが素晴らしいのだ。自分の子供に名前のいわれを語ってやれることほど幸せなひとときはないはずだ。


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格言ー衆人皆これを誉むるは必ず美士にあらず。世、或ひは誉め或ひは毀るに必ず良士あらん。
格言ー衆人皆これを誉むるは必ず美士にあらず。世、或ひは誉め或ひは毀るに必ず良士あらん。
---徳川家光(江戸幕府三代将軍)---

そういうものだ。どういうことかというと、人事には必ず評判というものがついてまわる。評判のいいものほど出世コースに乗りやすいというものであることは今も変わりはないと思う。ただ、今はデータで実績管理をしているから、そういうところはあまりごまかしはきかないのかも知れないが、評価が拮抗しているときは、評判が最後にものを言う。

だから、人は皆いい人でいたいと願うのかも知れない。人に嫌われるより誉められた方が気分がいいのは誰しも当たり前だ。武士の時代は、主人が家臣を試したり、大名同士でお互いを試すということもあったようだ。そういう戦いが行われているというのが、普通なのだ。そのつもりで皆生活している。そういう緊張感があった。今はどうだろうか?

戦国末期から江戸初期にかけて活躍した伊達政宗は、これはへそ曲がりで有名であった。しかも禅の筋金入りである。だから、彼はワザと人を試すことがあった。加賀藩前田家4代藩主前田光高も伊達邸に招かれたときに、政宗から脇差しの鍔を誉められ、それを「手に取ってみたい」と言われたのである。尋常の者ならば政宗のような侍に言われたのであるからとすぐに応じていたであろう!そうなれば、もう彼の餌食になったも同然である。これで武士の常識をふみはずことになってしまうからである。しかし、前田光高は動ぜず言下にこれを断ったという。

外様でありながら、加賀百万石が江戸期を通じて生き残ることができたのは、こういう優れた藩主を排出してきたからであり、またそういう土壌があったと考えるべきである。「企業は人なり」と昔から言われてきた。そして、一時代を担った団塊の世代が今消えようとしている。彼らは経済で大きな飛躍を遂げる原動力になった。しかし、人を育てる原動力にはならなかったのだろうか?毀誉褒貶ある良士を見抜けないようでは、これからの未来は小さくなってしまう。

占い一言居士:
インターネットで「占い」とキーワードを入れてみれば、あまたのわけのわからない占いサイトが顔を出す。それくらい、占いが人々の心の中に入り込んでいるのだ。誰しも自分の人生に自信と信頼を寄せているとは思えない。皆不安はあるのだ。だからこそ少しでも先読みしたいと思うのは人情だ。ならば遠くの未来を見るよりもすぐ先の自分を見た方がよいではないか?本当の占いは、自己の判断を正しくするための、自分探しなのである。


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格言ープロにフェアープレイはないですよ。
格言ープロにフェアープレイはないですよ。
---江本孟紀(元プロ野球選手)---

プロにフェアープレイというのは、状況によると考えた方がいい。フェアープレイというのは、基本的に「正々堂々とした試合態度。また、公明正大な態度や行動」ということになるから、精神としては「そうあって欲しいもの」ということになる。どんなことにもルールというものはある。それが国になれば法律ということになるし、身近なところでは交通法規がそうだ。

法律という概念で物事に対応したのは、幕末の志士・坂本龍馬が初めてらしい。海援隊の「いろは丸」が御三家の紀州藩の船と海難事故をおこして沈没したとき、万国公法を持ち出して紀州藩から損害を賠償させることに成功したのだ。ピストルから法律を武器にしてしまうというのは、龍馬ならではのことである。法律が武器になるというのは、交渉と戦略に彼が如何に優れていたかを物語っている。

戦いは勝たなければ未来はないのだから、どんなことをしても勝つことが求められる。勝ってこそ発言権もあり、それからの道も開かれる。負ければ全てを失うのだ。そういう境遇におかれている人たちが、負けるようなことをあえてするだろうかということである。正々堂々でなくても、ルールに違反していなければ、それは正しいのである。といいたいのだが心情的には、何とも腑に落ちない気分になるものだ。一番いい例が中国だ。

中国という国は信用しては行けない国、さすが共産党国家ということがわかる。「嘘も百編言えば真実になる」の教えの如く、農薬餃子事件では、自分の国では農薬が入ることはないなどとうそぶいて、日本で農薬が混入されたなどと幹部が世界に向けて発表するくらいだから、民度の低さが知れる。まさに叫び続けていれば真実になると思い込んでいる節がある。あまりにも低レベルだ。
チベットの暴動事件では、全部をダライラマの性にしようとしている。やむにやまれぬチベット人民の共産中国に対する反発が暴動の背景にあるはずだ。それを全部ダライラマの性にしようとするなどは、農薬餃子と同じレベルだ。こんな国がオリンピックを開くなどというのは、スポーツを利用した政治偽装だといわれてもしかたがない。

占い一言居士:
赤ちゃんは相対的な存在であるということを忘れてはならないと思う。それならば、絶対的な存在とは?それは親であるということだ。神の如く殺生与奪の権限を持っているからだ。だからこそ、その責任は問われて当たり前なのである。それすら分からないならば、もはや親にならない方がいいと言える。親子の相性というのも実は相対的な関係を見るものなのだ。それだからこそ、「子は親の鏡」ということになるのである。


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格言ー人の心というものは変わりやすい
格言ー人の心というものは変わりやすい
---童門冬二(作家)---

この格言にあるように、「人の心は変わるものなのだ」と分かり切ってしまえば、それで終わりなのだが、人間というのは「ルート2」の存在だからしかたがない。割り切れないのだ。では、どうして移ろいやすい人の心を人は「信じる」ということをするのだろうか?誰が考えても論理的ではない。

ところが、信じなければ生きていけないという現実があることも事実だ。だから、その時「信じる」という生き方が出てきても不思議ではない。そこでまた、疑問がおこる。その時は信じても、どうせ移ろいゆく人の心は、「長く信じてもしかたがないでしょう!」ということになるのだが、人はできる限り長く信じたいという不思議な存在なのだ。

こういう馬鹿なことを書いていて、我ながら「だら!」と思うのだが、これも性分であるとあきらめている。どうして信じてもいない「永遠の愛」を誓って結婚式を挙げるのだろうか?それこそ偽善であり、偽りでしかないと思うのだが?これも、その時は「永遠の愛を信じていた」といえば、それまでなのだが・・・。これを積み重ねると、だんだんむなしくなってくる。

不思議なのだが、裏切るかも知れないという可能性があるのに、信じないと心がどんどん沈んでいくし、嫌な気分になっていくことが多いのだ。反対に、裏切るかも知れないという可能性があるのに、信じていくとどんどん心が楽しくなっていくし、何かをやる気が出てくる。結局人間は「信じたいのだな!」ということになる。裏切られても信じたい。移ろいゆく心も信じたい。それを続ければどこかで「永遠」につながるかも知れない。これも信じたいのだろう!人はそう創られていると考えることにする。

占い一言居士:
改名してみると、不思議なことがおこる。改名といっても戸籍まで変えるわけではないから、ペンネームということなのだが、時に銀行などで戸籍名を書くことがある。すると何だか別人がそこにいるかのような錯覚に陥る。それは自分ではないのに、自分として書いているというわけだ。「字は体を表す」が改名した字はやはり自分自身を表していると思わされるのだ。


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格言ーこれだけの縁とは、どうしても思えません。
格言ーこれだけの縁とは、どうしても思えません。
---菊地秀行(作家)---

人の縁はいろいろとある。
「袖触れ合うも多生の縁」ということなのだろうが、ただ出会っただけで何かの縁が生まれるというようなことはないだろうと思う。お互いにそこで縁を結ぶだけの理由があるはずだ。だから、その理由がなくなればその縁もそれまでになってしまう。

それまでと思えばいいのであるが、人間というのは、不思議なもので、縁を保とうとする性向がある。だから、いつまでも何かのつながりを持っていたいと思うものだ。それが年賀状などになって表れると考えるのは、考え過ぎかな?
そんなものかも知れないと思えばいいのだろう。そこで割り切れない人と、淡泊に切り捨てる人の違いが出てくる。

mixiでもそうだが、会った人に全てに手紙を書いている人がいる。それはそれで素晴らしいとは思うのだが、その努力は、好きだからやっているのだろうなと思うことにしているし、そういう人は尊敬に値するのだ。ただ、mixiなどでやたらに友達になりましょうっていう人がいるのだが、よくみると何かの商売の勧誘のようでであったりなどと、全くわけのわからない友達が横行している。

人の出会いも結局は「必要とし必要とされる関係」ということになる。夫婦や大切な人などは、そこに別の感情が入ることになる。それが、「愛」という表現で表される命を結ぼうとする強い衝動なのだろう!日本ではそれ以外に人を動かす出会いの関係は「義理」「恩」という関係になる。これも、「give and take」で割り切れない行動の原理だ。もう一つ忘れてはならないことがあった。それは、同じ水準でやりとりできるということだろう!結局は出会いによって「人の振り見て我が振り直せ」ということになる。

占い一言居士:
命名には、親の願いを反映させたいというのは当然だろう!でも、そこに自分の「我」がはいっていないだろうか?まあ、「我」が入るなという方が無理かも知れない。それほどわが子というのは可愛くて期待してしまうものなのだ。だからこそ、その期待を持続させる努力が親には問われることになる。そういうときに命名の持つ意味が大きくなる。


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格言ー子供の教育は、過去の価値の伝達にはなく、未来の新しい価値の創造にある。
格言ー子供の教育は、過去の価値の伝達にはなく、未来の新しい価値の創造にある。
---ジョン・デューイ(アメリカの教育学者)---

今日はひな祭り、ひな祭りの意味とか価値は今更述べてもしかたがないが、そのいわれは、古代中国で行われていた上巳の節句(旧暦の三月の上旬の巳の日)がはじまりといわれています。これは、この日に河で禊ぎを行いけがれお年をしたのがはじまりというわけです。その名残りが「流し雛」となって日本では残っています。

だからひな祭りは済んだら、早く片付けてしまうというのは、そういう禊ぎの意味が込められていたからでしょう!それに、桃の木は古来より霊木といわれ邪気を払うことができるといわれています。食べ物では、五目寿司と白酒に蛤のお吸い物と相場は決まっています。これなども、白酒は室町時代から桃花酒と呼ばれて三月三日に飲む風習があったことによります。蛤のお吸い物というのもなかなか意味のあることなのです。貝合わせといって、蛤の貝に描かれている絵をあわせる遊びがあるのですが、蛤というのは、対になっていて他の会では絶対に合わないのです。

相対文化という日本の持っている伝統的な価値は、様々な形で伝統行事として残され受け継がれてきました。こういう長い歴史を秘めた価値がそこに受け継がれているのです。それをしっかりと相続してこそ、新しい価値や技術の創造が行われるのです。何も突然に無から有が生じるのではなく、そこには必ず生活や思考に根ざした価値の創造があるのです。そこから、新しいものが生まれるのです。

アメリカが伝統ある国にあこがれるという気持ちはわかるような気がします。
モザイクのように寄せ集められたものがひとつになるのも素晴らしいのですが、それ以上に一貫して流れる血液のようなものが欲しいのではないかと思います。
それが伝統ということでもあります。これを土台にして未来を築くことこそ、本当の未来人ということになると思います。文化はその国の人格だからです。

占い一言居士:
今年の一年を占うというように、春は出発を表します。その春は希望を意味しています。その春に今年を占ってみるというのは、重要な意味があるのです。出発ができるというのは、ある意味で過去を拭い去る(禊ぎ)ということでもあります。1年という四季の旅路に過去を捨て去り、希望の未来への思いをはせることは、自由人に与えられた特権です。


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格言ー人にものを施せば我が身の助けとなる。
格言ー人にものを施せば我が身の助けとなる。
---日蓮(日蓮宗の開祖)---

宇宙の簡単な道理を説いたものであるということです。これとに似たようなことは「情けは人のためならず、めぐりめぐって己がため」というものがあります。
いろいろと人のために何かをしておけば、それらは時を経ていずれ自分の所へ返ってくるというものです。もちろん、それを計算して何かをするというほど計算できるようなことにはならないと思うのですが、それでも、人にはそういう打算というのが心のどこか片隅にはあるのです。

「目先の宝に目がくらみ」というのは、結局は、先のことを考えられないために、将来の大きな宝を見失って目の前の小さな宝で終わってしまうということになるのです。だから、大きな人間とそうでない人間の違いはその辺の所にあります。目先にとらわれる人間は、最終的には損をし、目先にとらわれない人はどこかで「天の恵み」を受けていることになります。

日蓮を始めとして、多くの聖賢達が同じようなことをいっています。イエスもマタイ10章42節で「わたしの弟子であるという名のゆえに、この小さい者のひとりに冷たい水一杯でも飲ませてくれる者は、よく言っておくが、決してその報いからもれることはない」といっています。基本的に洋の東西を問わず、宇宙の道理は同じなのだと思います。だから、「陰徳善行」という言葉があったり、「天に宝を積む」という考えがあったりするのです。

これは良い意味で報いがあることを意味しているのですが、その裏バージョンが、因縁ということになります。元々因縁は宇宙の道理を表す因果の法則を示しているのですがいつの間にやら、悪い意味で使われることが多いようです。
実際に因果を表すような出来事が身内の中に起こることがあったりすると、やっぱり「因縁だ」というようなことになるのです。

ここで考えなければならないことは、どんなことでも善悪はどこから始まるかということです。人の心の動機から始まるのです。見返りを求めた仕掛けをした善行の場合は、これは宇宙の道理から外れます。「人にものを施して我が身の助け」というのは、そこには自分がコントロールできない相手の善意の主体的な意志が働いているからです。それがどこから来たのか?
それを考えてみれば、宇宙の大きな力を感じざるを得ないでしょう!

占い一言居士:
相性は単に相手との関係をみるというものではない。相性占いで、よく相談に来る方は、「相手は私のことどう考えているのですか?今相手は何をしているのですか?」占いは霊媒師ではないのです。人の心をコントロールしようと考えている人の方が間違いなのです。相性は人との関係の中で、自分の身のほどこしを考えるためのものなのです。


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